命を見つめて

骨肉腫で13才で亡くなった猿渡瞳さんの作文からーー

「戦争や、平気で人の命を奪う事件、いじめを苦にした自殺など、
悲しいニュースを見るたびに怒りの気持ちでいっぱいになります……
本当の幸せって、いま、生きているということなんです」

[ 2005/08/31 09:00 ] ことのは | CM(0)
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  • 戦争のこと

    昨夜、広島の原爆をテーマにしたドラマを見た。戦後60年の節目を迎え、今年はいつになく戦争をテーマにしたものが目につく。去年見た、さんまさんの『さとうきび畑』も重く心に残る作品だったけれど、松たか子さん演ずる今回のドラマも、見終わったあと、なんとも言えないやりきれなさで胸がいっぱいになった。

    平和が当たり前の空気のなかで育ち、戦争の歴史をあえて知ろうともしなかった自分が恥ずかしく、すこしは勉強してみようと思い、まずは小林よしのりさんの『靖国論』を読んでみることにした。靖国擁護派の立場から、歯に衣を着せぬ口調で反対論者をばっさ、ばっさと斬っている。
    靖国問題の火付け役が朝日新聞だとか、かなりきわどいことが書いてありびっくりしたが、戦争が終わった現在もマスコミによる情報操作は行われていると聞いている。

    実際に神社に亡くなった方の魂が眠っているのか、半信半疑なところもあるが、戦死者の遺書などを読むと本当に純粋な気持ちで国のために尊い命を犠牲にしたのだと感じられ、彼の人々にとって靖国という聖域は天国にも等しい特別な場所なのだと理解した。

    平和を望むだけでは戦争はなくならないと、なわさんが書いておられたが、猫ごとき私にもなにかできることがあるのだろうか。とりあえず、9月11日は選挙に行こう!
    [ 2005/08/30 12:06 ] つれづれ | CM(0)
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  • 地蔵盆

    きょうは町内の地蔵盆。
    朝9時半から庵主さんの読経に合わせて、子供たちといっしょに数珠回しをした。お地蔵さんの真言 "オン カーカー カビ サンマエイ  ソワカ"を唱えながら、数メートルはある、長ーい数珠を時計回りにたぐっていくもので、ほんとは一万遍唱えるそうだが、簡単に15分くらいで終わった。

    午前のメインイベントが終わり、お参りの人もほとんど来ないまま、当番の人とおしゃべりしているうちに交替時間になった。以前は2日あった地蔵盆も、子どもの人数が少ないので、いまは1日だけ。それでも組長になると、当日は準備やお手伝いでなにかと忙しい。昼ごろから雨がぱらつくなか、3時半の家庭福引きに行って、5時から後片づけ、お供えのおさがりを配ったらおしまい。

    おつかれさまーm(_ _)m 
    [ 2005/08/21 12:46 ] 日記 | CM(0)
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  • ヒポタマトット

      ヒポタマトットはふしぎな魚
      魚類図鑑にものってないし
      どこに住んでるのかもわからない

      地球が生まれたときから
      35億年も生きているので
      地球のことならなんでも知っている

      そのむかし
      地球が緑でおおわれていた頃
      ヒポタマトットは木の葉っぱだった
      風といっしょに陽気に歌など歌っていたそうな
      ヒポタマトットの木にはいつも
      旅の途中で鳥たちが羽を休めにきたそうな
      鳥たちの冒険話を聞いているうちに
      ヒポタマトットは鳥になろうと思った

      そうしてある日
      ヒポタマトットは大空へと飛びたった
      山越え谷越えたどり着いたのは
      年老いたかもめの住んでいる家だった
      かもめはヒポタマトットに海の話をして聞かせた
      その巨大な青い生き物は七色に輝きながら
      やさしく子守歌を歌ってくれるのだと言う
      ヒポタマトットは海が見たくなった

      ヒポタマトットがはじめて見た海は
      地上に広がる空のようにどこまでも青く澄んでいた
      ザザーン… ザザーン…
      その音はヒポタマトットが木の葉だった頃に聞いた
      なつかしい風の声にも似ていた
      海のなかをのぞくと
      色とりどりの生き物たちが泳いでいた
      あんまり気持ちよさそうだったので
      ヒポタマトットは海にもぐっていった
      ぽちゃん!
      ヒポタマトットは魚になった

      そのむかし
      海がまだ生まれたての青だった頃
      ヒポタマトットは虹色のうろこをきらめかせ
      七つの海を旅したそうな
      そしていま
      ヒポタマトットはむかし
      地球が美しい自然の家だった頃を思い出しながら
      詩やメルヘンを書いている

      もしかしたらきみのとなりにも
    さかな
    ヒポタマトットはいるかもしれない…
    [ 2005/08/19 06:56 ] | CM(0)
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  • お墓の話

    三度のごはんよりお墓参りが好き(笑)というくらい、母はお墓に強いこだわりがある。足腰が痛いと言いながら年中墓掃除をしている。どうも母やその上の年代のお年寄りは、お墓に対して特別の思い入れがあるみたい。よそのお墓に負けない?くらいピカピカにするのが気持ちいいそうだ。

    私も習慣で墓参りはするけれど、お墓にはご先祖の霊はいないと思っているので、それほど深い思い入れはない。細木数子さんなどが相談者によくお墓参りをすすめているが、お墓参りすればほんとに霊が喜ぶんだろうか。わたしは死んだら自然葬で海か山に散骨してほしいなー。
    でも先祖代々の墓はどうするの? お墓の話って石だけあって重いなー(笑)

    作者不詳の千の風になっての詩を読むと、なんだか心が軽くなった。母にも読ませてあげたいけど、効き(聞き)そうにないからやめとこう(笑)

    明日は15日。仏壇のお花を替えてお供え物をして般若心経を唱えよう。
    [ 2005/08/14 11:46 ] つれづれ | CM(0)
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  • 生命の木

     僕がその木に会ったのは医師になって三年目の夏、待ちに待った休暇を利用して南インドにある小さな村を訪れたときだった。

     偉大な聖者が出現したことで知られるその村には、世界各地から巡礼者が集まっていた。彼らはアシュラ厶と呼ばれる聖域で奇跡を願い、来る日も来る日も聖者に祈りを捧げるのだと言う。

     アシュラ厶に続く通りには外国人目当ての露店がたくさん並んでいた。くたびれたバックパックをしょって歩いていると、物乞いの手が蝿のように執拗に僕の体にまとわりついてきた。

     照りつける陽射し、埃っぽい風、腐ったような臭い…。

     一瞬、めまいを感じた僕の脳裡に、数日前に見たガンジス河の光景が蘇った。

     死者の遺灰を流した水で身を浄め祈りを捧げる人々。そこでは生と死はその河のように渾然と溶け合って流れていた。

     灼熱の神秘。沈みゆく夕陽を見ながら僕は、大学病院で出会った多くの人々のことを思った。

     完全に脳の機能がなくなり、器械の力で呼吸し眠り続ける患者たち。彼らは生きているのか死んでいるのか…。やがて心臓が鼓動を止めるとき、必死で心マッサージを続けながら、自分のしていることがふと空しくなる瞬間がある。

     僕は一体なにをしているのだろう。

     もしも生命に魂があるのだとしたら、死の瞬間を決めるのは医師ではなく、その患者自身ではないのだろうか。苦しみを長引かせるだけの延命操作に意味があるのか。僕たち医師は神にさからう行為をしているのではないのか…。

     答えの出ない疑問が頭のなかを駆け巡り、僕は無性になにかに祈りたいような衝動にとらわれていた…。

     人波に流されながら、どれくらい歩いただろう。
     気がつくと、僕はアシュラ厶の中央にある神殿の前に立っていた。あたりに人影はなく、ひっそりと静まり返っている。どこからか澄んだ美しい歌声が響いてきた。


     ♪flow with it …sing a song of your life…♪


     誘われるままに中庭を歩いていくと、長い枝が何本も手のように伸びた大きな木が視界をさえぎった。それは破壊と創造の神シバの踊る姿を僕に連想させた。

    踊るシバ神

     
     頭上をすっぽりと覆っている葉叢の隙間から光がはじける。
     目を閉じると、風に鳴る梢の音が急に近くなった。シンクロするように高くなる歌声。


     ♪living is dreaming of all that is…♪


     どこかで聞いたことがあるような懐かしいメロディーだ。

     僕は目を閉じたまま両足を組んで瞑想のポーズをとった。息を吐いてから、ゆっくりと肺に空気を満たしていく。深い呼吸を続けるうちに、僕を外側の世界から隔てている境界線がしだいに消えていった。いつしか僕は豊かなエネルギーの流れのなかにいた。

    そして脈動する木の鼓動が僕の心臓のリズムとひとつになったとき、大地にしっかりと根をおろしていまこの瞬間を生きている木の喜びが、沸き立つような波動になって僕の心に伝わってきた。

     フラッシュ!

     木洩れ日がふたたび僕の中心ではじけた。光はどんどん大きくなり、僕の意識を繭(まゆ)のようにやさしく包みこんだ。

     平和な気持ちでその体験を味わっていると、音もなく光の繭が炸裂した! いきなり放り出された僕の目におびただしい光の粒子が、果てしない闇のなかにきらきらと飛び散っていくのが見えた。光のかけらは宇宙にきらめく星になり、僕はそれらの星のひとつに急速に引き寄せられていった。

     宇宙の闇のなかにセルリアンブルーに輝く美しい星。

     それは僕たちの愛すべき惑星……地球の姿だった。
     神秘的なまでのその美しさに僕は胸が熱くなるのを感じた。

     やがて僕の体はぐんぐん加速され、地上50キロメートルあたりまで接近した。急に速度を失う。エアーポケットだ。地球のまわりを取り巻く成層圏に突入したらしい。体勢を立て直そうと試みたが、ついに僕はきりもみ状態で落下していった…。
    …………………………………………………



     墜落寸前で僕は瞑想から覚めた。

     大きく息を吸って現実に意識をひき戻す。暑さと疲労で砂袋のように重かった体がすっかり活力を取り戻していた。無彩色に見えていた世界が色を再生したかのように、まわりの景色が輝いて見えた。
     
     僕はゆっくりと立ち上がった。木に触れようと近づいたとき、背後からオレンジ色のローブをまとった老人があらわれた。すべてを見通す賢者のような深い目が僕を見つめていた。

     思わず両手を合わせ「ナマステ」と挨拶すると、老人は流暢な日本語で話しかけてきた!

    「旅を楽しまれたかな。この木は"生命の木"と言うての、こころから真理を求める者には宇宙の神秘を見せてくれるんじゃよ。覚えておくがよい。真に大切なものには形がなく、肉体の目には見えぬことを。そなたの魂のようにな」

     そう言うと、老人は木のなかに吸い込まれるように消えていった。
     とたんに、人々のどよめきが耳に飛び込んできた。

     呆然としている僕の目の前に、巡礼者たちがアリのように列をなしていた。
     


     あれから何年たっただろう。

     忙しい病院生活に自分を見失いそうになると、僕は心のなかに存在するあの聖域に旅をする。生命の木の力強い鼓動を感じるだけで、生きる力が湧いてくるようになった。

     僕は思う。

     宇宙はそれ自体がひとつの生命体として、完全な秩序と調和のもとに運ばれているのかもしれない。そして僕たちも僕たちの人生も神の見る夢々なのかもしれないと…。

     生と死、喜びや悲しみもすべてをありのままに受けいれて、"いま"を精いっぱい生きよう。

     どれだけ長く生きたかより、どのように生きたかのほうが大切だと思う。残された命の時間に限りがあるなら、最後までその人らしい生き方ができるよう応援してあげたい。

     医師として患者さんになすべきことは、同情したり共に悲しむことではなく、僕自身が光の繭になって、平和な波動で彼らを包んであげることではないだろうか。

     励ましの言葉ではもはや癒せない悲しみや苦しみがある。そんな真っ暗な心にほのかな光をともせるものがあるとしたら、それはその人をいたわる気持ちやそばにいてあげたいという思い…。

     僕たちは一本の木の生命を共有する木の葉のように、深いところではつながっているのだ。

     僕は目に見える肉体を治療するのと同じように、患者さんの心を癒してあげたい。あの生命の木が僕の疲れた魂を癒してくれたように。

     しかし今の大学病院の医療に僕が思うQOL(生命の質)を求めるのは難しい。医師にとって優先すべきことは、どんな場合においても目の前の肉体を長く生かすことにあるからだ。

     理想と現実の狭間で僕の心は揺れていた。そんな僕に光を与えてくれたのが、あの不思議な老人の言葉だった。

    「覚えておくがよい。真に大切なものには形がなく、肉体の目には見えぬことを…」


     1996年春。

     僕は丘の上に新しくできた海が見えるホスピスで働き始めた。

     僕は信じている。
     かけがえのない患者さんの生命を見守る日々のなかで、僕もまた生かされていくのだと…。

    「小坂先生、そろそろ回診の時間ですよ」

     婦長にせかされて立ち上がった僕はふと窓の外を見た。
     淡いピンクの桜が天上の夢のように咲きこぼれていた。
    [ 2005/08/13 11:09 ] メルヘン | CM(0)
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  • 精霊むかえ

    文化博物館で開催中の無言館『遺された絵画展』に行ってきた。太平洋戦争で亡くなった画学生の人たちの遺作展で、写真や手紙、戦死通知なども展示されていた。戦地から妻や家族にあてた葉書には、細かい文字がびっしり並んでいて、絵描きさんらしくスケッチ画が添えられていた。20代とは思えない大人びた文章に、秘められた内心の葛藤を思うと、胸が詰まりそうになった。他の入場者も無言のまま、展示作品に見入っているのが印象的だった。

    出征直前まで、「あと5分、もう10分」と絵筆を離さなかった人がいる。病床で最後の力をふりしぼり、ハンカチにシャクナゲの絵を描いて、お姉さんに「ありがとうございました」と伝えて亡くなった人がいる。新婚早々戦地に赴いた夫の戦死通知を受け取って、2週間後に自らも病死した妻もいる。写真のなかの彼らは若く、凛とした表情をしていた。

    私自身は戦争を知らないけれど、善良な人々の愛と夢、人生までも無情にも奪いとる戦争の残酷さを思う。空も海も自然はこんなにも美しいのに、どうして人間は戦争なんかするんでしょう。そんな意味の言葉を書き残していった人がいた。ほんとうに同感である。

    いつになく神妙な気持ちで帰ってきて、夜はテレビで江原啓之さんの「天国からの手紙」を見た。江原さんの霊視を受けた家族の反応を見てると、この人ほんとにすごいなーって思う。身内を亡くした家族はたいていが後悔やなんかで自分を責めているものだけれど、亡くなった人から家族を思うメッセージを聞くことで、ほんとに心から癒されるのだろう。みんな肩の荷が降りたような明るい表情に変わるからよくわかる。亡くなった人もその顔を見て安心して天国に逝けるのだろうなぁ;_;
    そろそろ、お墓参りに行かなくちゃ(笑)

    カン…カン…カン…
    今年も妙心寺の精霊むかえの鐘の音が聞こえてきた。
    [ 2005/08/09 21:07 ] つれづれ | CM(0)
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