否定的でもいいんじゃない

陰陽論の話を聞き、利用者さんのことを思い出したと書きましたが、その後、自分のなかから「否定的でもいいんじゃない」という思いが出てきました。なにげなく読み返していた津留晃一さんの本に「これが回答です」と言わんばかりの文章がありました。

最近、自分は少しポジティヴに傾きすぎていたのかもしれません。プラスとマイナスは同時に発生すると言います。こちらがプラスにぶれた分、相手はマイナスに傾く。そのことに気づくために件の出来事を自ら引き寄せたのかもしれません。

以下、天国の津留さんと白猫のやりとりです^^


白猫
「利用者さんで、ものすごく否定的な話ばかりする方がいて、聞いているこちらまで気分が暗くなるんですけど、どうしたら穏やかな気持ちでいられるでしょう」


津留
「否定的なことばかり言うのを良くないことだと考えていませんか?」


白猫
「はい。言葉には現実を創造する力があると思うので、肯定的な言葉を使ったほうがいいと思います」


津留
「それは『良い・悪い』ですよね。私は「良いと悪いはない」といつも言っています。だから「否定的なことばかり言ってもかまわない」ということです。なぜならば、すべてのものは必ず何かの役に立つからです。

怒りまくっている人がいても、その人が怒りまくることによって、だれかの何らかの役に立っているのですから。病気で寝たきりになった人も、必ず周りの人たちの精神的な面で役に立っています。

否定的なことを言う人も、必ずあなたの役に立っているはずです。だから、否定的なことを言っても、ちっともかまわないのです。


白猫
「私もふとそう思いました。これからは気持ちよく愚痴を言わせてあげようと(笑)」


津留
「どんなに否定的なことを言ってもかまわないのです。その本人は、やりたいことをして、したい体験をしているのですから、それを邪魔する権利はだれにもないはずです。否定的なことばかり言って、否定的な現象を引き起こしてこなければ、わからないこともあるでしょう。その体験をまだしていなかったから、やり遂げようとしているのかもしれません。是非、やらせてあげてください。

「良くないことなんか何一つない」と、私はよく言っていますが、この「否定的なことばかり言う」ということですら、その中に入っているのです。「否定的より、肯定的なほうがいい」と考えるのは、あなたの偏見です。それは、絶対におかしいことなのです。

宇宙というのは、プラスとマイナスの二極でできているから、「肯定が良い」とするなら「否定が悪い」という事象をつくらなければならなくなります。否定こそが、肯定を良きものにしているとも言えます。否定を悪いことだとするから肯定が良くなり、肯定することは良いことだとするから否定が悪くなる。

実は「片方がもう片方より良い」なんてことは、あり得ないのです。どんな事象も陰と陽がバランスをとっているだけです。あなたが、その「陰陽のどちらを見るか」という選択があるだけです。


白猫
「わかりました。要はその方の問題ではなく、言われてガックリする自分を浄化すればいいんですね」


津留
「そうです。それを聞いてガッカリする自分を変えていけばいいのです。言葉によってガクッとする瞬間を見つけてください。どの言葉に反応したのか? そして、その言葉を見つけたら、じっくりと自分の中で、聞いて感じて、聞いて感じて…を繰り返して浄化します。


白猫
「やってみます。その方は愚痴を言ってほんとは楽しんでいるのかもしれません。私が訪問すると『待ってました』とばかりにあれこれ言ってきます。こちらがげんなりすればするほど、愚痴はとどまるところを知らずといった感じです(^^;」


津留
「その方に力を与えすぎていますね(笑) 今度そんなときは、席を外して、聞いて感じて…を一人でやってみましょう。その言葉に反応しなくなるまでやったら、また、その方の話の続きを聞いてみましょう。きっと違うように聞こえてきて、「なんだかおもしろい発想だなぁ、よくそこまで思いつくなぁ」などと、かえって興味が湧いてくるかもしれませんよ。その方もガックリしないあなたには興味がなくなって、もう言ってこなくなるかもしれませんね(笑)


白猫
「どうもありがとうございました。なんだか気持ちがすっきりしました」


                『人間らしくて、いいじゃないですか』より
[ 2006/06/29 06:21 ] satorix | CM(0)
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  • 空に近い美術館

    八瀬からケーブルとロープウェイに乗り継ぎ、比叡山頂にあるガーデンミュージアムに行ってきました。季節の花々やハーブが咲き乱れる園内に、モネ、ルノワール、ゴッホなどフランス印象派画家たちの作品が展示されています。


    ヨット

    このような陶板画が各所に飾られています。琵琶湖の眺望が背景に広がります。


    ばらいちばらに

    ローズガーデンに咲く色とりどりのバラの花


    睡蓮池

    モネの「睡蓮」をモチーフに造られた睡蓮池


    庭園

    南仏プロヴァンス地方をイメージした庭園


    比叡展望

    展望台から見た眺め。この日は白っぽくかすんでいました。


    モネ猫オブジェ

    白猫お気に入りのモネの絵と花の庭で見つけた猫のオブジェ☆
    [ 2006/06/28 09:24 ] 京便り | CM(0)
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  • かごめ唄の謎を解く

    童唄の「かごめかごめ」について、半田広宣さんが次のような面白い謎解きをしている。著書の『人類が神を見る日』からその部分を抜粋してみた。





    かごめとは「籠の目」、すなわち六茫星形を意味しており、鳥とはこの場合、人間の霊性を示す。古代から鳥は人間の霊性のシンボルとされてきたし、竹細工などに見られる籠の編み目は六茫星形が代表的である。つまり、この二つの解釈をつなぎ合わせれば、「かごの中の鳥」とは六茫星形的世界の中に閉じ込められた人間の霊性を表わすことになる。

    次に、「夜明けの晩」だが、これは端的に言えば一日の円環的つなぎ目を表わす。太陽が東から昇り昼を作り、やがて西へ沈み晩を作る。しかし、その「晩」の終わりとは「夜明け」であるところの日の出である。つまり、「夜明けの晩」とは、始まりは終わり、終わりは始まり、という宇宙秩序の円環的な性質を語っていると考えられるわけだ。

    そして「鶴と亀がすべった」の「鶴」は昔から女性原理を表わす象徴であり、「亀」は男性原理の象徴と見なされた。「すべった」とは「統(す)べる」からきており、これらの意味を合わせれば、「陰と陽の統合」ということになる。

    問題は最後の <うしろの正面だぁれ> というフレーズである。いろいろと調べてみたが、この部分に対する解釈はみなまちまちで、これといったものはなかった。

    この謎かけに対する答えが、<わたし自身> であることに気づかれた読者もいることだろう。わたしたちが常に背中側に感じている暗闇の意識空間……そこには何と、真向かいにいる他者が見ている世界が存在しているのだ。つまり、わたしたちの背後には、いわゆる三次元的な意味での後ろ側の空間など存在していないのである。その意味からすれば、「うしろの正面」とは、他者が見ているわたし自身に他ならない。

    自己と他者とは進化の方向へ反転した空間においては背中と背中がくっつき合った同一のアダムなのである。そして、このことを発見することが「かごの中の鳥」を真の自由空間へ飛翔させるのだ。

    つまり、意識自体は自己と他者を区別しない空間領域を厳然として持っているのだ。そして、その領域に存在する意識はわたしたちの潜在意識下では確実に働いており、それが、言わばわたしたちが集合意識と呼んでいるものなのだろう。

    この空間領域は、おそらくわたしたちの意識の中では倫理や良心、そして愛の源泉として機能しているに違いない。意識進化の方向性とは、他者をも自分自身と同一のものと見なす意識の方向性のことなのである。


       神がアダムを造った時、前にも後ろにも顔があるように造ったという。
       それからアダムを二つに断ち切り、
       それぞれにひとつの背中を造ってやった。


                       R・サミュエル・バー・ナーマン






    半田広宣さんは物理学者でもあり、意識と物質の統合をテーマにした独自の「ヌース理論」を提唱されています。内容は素人にはかなり難しいですが、読んでいるうちに意識が反転するような不思議な面白さがあります。理数系の方におすすめです。
    [ 2006/06/27 06:20 ] satorix | CM(0)
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  • 輪 廻

              からからと
              囚われのかごの中
              はつかねずみが
              車を廻す

              くるくると
              目が回るほど
              忙しく
              生まれかわり
              死にかわり
              同じことの繰り返し

              からからに
              心が渇いた
              ねずみはある日
              車をこぐのを
              おしまいにした

              かごから出たねずみは
              輝く白い鳥になり
              くるくるくるり
              らせん状の風にのって
              大空へと羽ばたいた          
    [ 2006/06/26 06:23 ] | CM(0)
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  • 後ろの正面だあれ

    ここはな











    JR東福寺駅近くの町屋カフェで『自分を知る~100%思いどおりになる魔法』メルマガ発行者のMarvinさんのセミナーがありました。
    メルマガでおなじみの陰陽論をメインとする三次元世界の仕組みについて熱弁をふるわれていました。


    陰陽論を白猫流に説明すると、この世はすべて陰陽の二極から成り立っていて、陰の中にさらに陰陽があり、陽の中にさらに陰陽がある入れ子構造になっている。見えている世界は自らが創造している「自分ワールド」で、すべては自分の反映であるという見方です。

    目の前の嫌な人は自分自身の背後にある陰の部分を映している鏡というお話を聞いて、前回の記事に書いた利用者さんのことを思い出しました。マイナス思考の檻に囚われているあの方は、もしかしたら自分の中にある陰の部分を見せてくれていたのかもしれません。


    「相手を見て自分の背中を見る」


    Marvinさんのこの言葉を聞いたとき、ふと"かごめ"の歌が思い浮かびました。


    ♪ か~ごめ かごめ かごの中の 鳥は

      いついつ 出~やる 夜明けの晩に

      鶴と亀が すべった

      後ろの正面 だあれ ♪


    後ろの正面とは自分だったんですね。


    もうひとつ、印象に残ったお話は神と人間は裏表の関係というお話でした。人間とは神がこの次元を体験するために変化(へんげ)したもので、私達は人間を体験している神なのだと言うことです。

    スピリチュアルな世界では相矛盾する二つの人生観があります。ひとつは現実は自分が創造しているというもの、もうひとつは人生は神のシナリオ通りとする見方です。神と人間をイコールで結んだときにこの矛盾が解けたような気がしました。

    つまり、現実創造説は人間の視点から見たもので、シナリオ説は神の視点から見たもの。神と人間が同じものの裏表なら、そこにあるのは視点の違いだけということになります。

    ほかに印象に残った言葉では「答えは自分の目の前にある」と言うのがありました。私達はDNAにプログラミングされているものを現実に映し出している。なにかを見てピンときたり、興味を覚えたりすることは、自分が求めている答えである可能性が高いというようなことです。

    これに関して白猫の答えは「外側にも内側にもある」です。なぜなら、内側も外側も自分だからです。風船をひっくり返せば内的宇宙が外的宇宙になります。それをパラダイムシフトと呼びます。Marvinさんが伝えようとしているのはそういうことだと思います。
    [ 2006/06/25 22:37 ] satorix | CM(0)
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  • 大ちょんぼ

    ふとしたことから利用者さんを怒らせてしまった。
    ある程度気心が知れている方なので、
    調子にのってしゃべり過ぎてしまったのがいけなかった。
    お得意のジョークを皮肉ととられ機嫌を損ねてしまったらしい(^^;

    こうなると筋我根入りのお年寄りは手強い。
    「そんな言い方は嫌いや!」「私は好きに生きます!」などなど、
    頑なに心を閉ざされてしまい、フォローすればするほど顔に泥塗るがごとし。
    収拾がつかなくなり早々と退散した。

    長所も状況次第で短所になる。

    を、身をもって体験する白猫でありました(^^ゞ

    帰り道、起きたことについて自問自答してみた。
    いつもなら自分のどこがいけなかったんだろうと
    反省モードになるのだが、今回はちょっと違った。

    自分は本当のことを言った。
    相手を怒らせたとしても、それは悪いことではない。
    起こる(怒る)べくして起こっている。

    意外な答えが返ってきました(@ @)"

    もうひとつ、その方を見ていて「やっぱり」と確信したのは、
    発する言葉が自分の住む世界を創っているということです。

    その利用者さんは超ネガティヴ志向(思考)の方で、
    「かなんな」「嫌になってくる」「しんどいしな」
    を毎日毎日、口癖のように繰り返し、物事をすべてマイナス面で捉えるのです。
    そうして自分で築いた檻はさらに堅固になり、マイナス言葉を繰り返し、、
    体の調子も悪くなり、、楽しくない現実を引き寄せます。
    そのことを頭では分かっているが、心がついてこないと言われます。
    長い間そうして生きてこられたので、一生変わらないご自分の性格だと
    思い込んでおられているようです。

    でも、それもその方が自ら選んだ個性だと思うので、
    他人がとやかく言うものではない。
    よけいなお世話はやめるべしと肝に命じました。

    こんど訪問するときはマジメにね(^^ゞはい!


      φ(._.) ちょんぼ=関西弁で失敗のこと
    [ 2006/06/24 09:18 ] satorix | CM(0)
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  • やまとの湯

    やまとの湯

    雨降りにスーパー銭湯でひと汗いかが。
    白猫がたまに行く"やまとの湯"壬生店です。
    浴場はそれほど広くないですが、外に岩風呂露天とつぼ湯があります。露天だけはどっかから運んできた本物の温泉のお湯です。寝っころがりスペースがあり、ほてった体を冷ましながら、だら~んとするのが気持ちいい^^

    風呂あがりに1Fでビールも飲めます。
    平日大人650円。会員になると550円。
    [ 2006/06/22 18:08 ] 未分類 | CM(0)
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