はいチーズ^^

笑い小僧


  人々は すべてをあまりにも 深刻に受けとめているので

  あらゆることが 彼らの重荷になる

  もっと笑うことを 学びなさい

  私にとって 笑いは 祈りと同じくらい神聖だ


                  ー Osho Rajneesh ー
[ 2006/08/31 06:54 ] ことのは | CM(0)
  • EDIT 

  • ほんとにあった話~お笑い編

    子どもの付き添いで、神戸の大学病院に住んでいた頃のお話である。

    週に一度、地下鉄と阪神電車を乗り継いで、英会話を習いに行っていた。へんなの(笑)

    通い始めて間なしのある日、帰りにどこで道をまちがえたか、気がつくと迷子になっていた(笑)

    「困ったな」とうろうろしていると、タイミングよく自転車に乗ったおじさんがやって来た。

    「すみません、○○駅はどこですか?」

    おじさんは「後ろに乗り。送っていったげるわ」と言ってくれた。

    ちょっと迷ったが、せっかくやからと(笑)乗せてもらうことにした。

    目的の駅はすぐそこだった(笑)

    病院に帰り、さっそく主治医の先生にその話をすると、意外な反応が返ってきた。

    「ほんとに乗ったんですかぁ・・」(笑いをこらえている)

    「信じらんな~い!」とは、さすがに言わなかったものの(笑)

    先生の表情から、そういうニュアンスがありありと伝わってきた。

    同じ話を自分より若い看護師さんにしたら、や っ ぱ り、笑われた(笑)

    それ以来、病棟スタッフのあいだで、白猫はおもしろいお母さんということになり、笑いと癒しを求めて? ?ドクターや看護師さんが、病室に集まってくるようになったとさ(笑)

    「でも、あのおじさん親切やったなぁ。人を頭から疑ごうたらいかんよぉ」


     みなさんはどう思われますか?

     読者A 「へんやって」(≧∇≦)
    [ 2006/08/30 06:40 ] つれづれ | CM(0)
  • EDIT 

  • 大神(おおみわ)神社

    大神神社三輪そうめんで有名な桜井市三輪にある日本最古の神社、大神(おおみわ)神社。バックの三輪山そのものがご神体になっています。遠くからでも場所がはっきり分かる巨大な鳥居が神社の格式を感じさせます。












         万両

    境内で売っていた"万両"のご神樹。三輪山で育った苗だそうです。
    [ 2006/08/29 07:43 ] 放浪記 | CM(0)
  • EDIT 

  • 自力と他力

    仏教用語に自力本願、他力本願という言い方がある。前者は自分自身の力で運命を切り開いていく生き方、後者は神仏などの自分を越えた者に運命を委ねた生き方である。精神世界などで見聞きする教えにも、大きく分けると、自力型と他力型があることに気づいた。

    たとえば、願望実現などを謳った成功哲学系は、ばりばりの自力型で、白猫がよく紹介している小林正観さんなどは、他力型だと思う。両者の話を同時に聞くと、まったく正反対のことを言っているので、頭が混乱することがあったが、次のように両者の特徴を書き出してみると、違いがよく分かる。と言っても、白猫が勝手に考えた解釈なので信じないでね(笑)




    ■ 自 力 型

    ( キーワード )

     自己成長  願望実現  目的に向かって努力する


    (  生 き 方 )

     行動的(doing) 能動的 まわりに積極的に働きかける 頑張る



    ■ 他 力 型

    ( キーワード )

     無為自然(あるがまま) 夢も希望もない いまあるものに満足している


    (  生 き 方  )

     存在的(being) 受容的 流れのままに淡々と生きる 頑張らない




    φ(._.) 白猫の戯言

    ここで言う夢も希望もないとは、いまに満足しているという意味で、決して否定的な意味ではない。若者を激励するときの決まり文句のように、大人たちは夢や希望を持ちなさいと言うけれど、夢や希望というのも言葉を変えれば、欲の一種ではないかと白猫は思う。いまに満足していれば、夢や希望がなくても幸せなはずだからである。

    自力型と他力型の生き方を比べてみると、はっきり言って、前者はエゴ的で後者は非エゴ的である。しかしながら、凡人の我々が人間らしく生きるためには、エゴを無くしては生きていけないのも事実である。若い頃はやはり夢や希望を持つのが若者らしい生き方だと思う。

    要はどちらがいいとか悪いとかではなく、自分に合った方を選べばいいのである。両方をその時々で使い分ける生き方もあるだろうし、あるいは、人生を前半と後半に分け、若いあいだは自力型でつっぱしり、お疲れの出始める(笑)中年以降は他力型で、のんびり生きるというのもありだろう。

    さらに突っ込んだ見方をすれば、本当は自力も他力も幻想でしかなく、両方を包含した大いなる力、「大力(たりき)」(白猫造語)があるだけなのかもしれない。

    私達はお釈迦様の大きな手のひらで、自由意志という架空のおもちゃを持って、三次元のゲームを遊ばせてもらっている孫悟空なのかもしれません。
    [ 2006/08/29 07:13 ] satorix | CM(0)
  • EDIT 

  • 明日香村

    前から一度見てみたかった明日香村の石舞台古墳へ行ってみました。横穴式石室を持つこの古墳は、蘇我馬子の墓ではないかと言われていますが、白猫は違うと思います(笑) 離れて見ると亀のようにも見えるし、好奇心が刺激され「なんやろなんやろ♪」と、思わず踊りそうになりました(笑)
    そこだけ古代にタイムスリップしたような不思議な空間でした。

    石舞台1
     緑のまんなかに巨石がドン!!

    石舞台2
     迫力のアップ

    白猫
     売店にいた強面の白猫 けんかして片目左膳

    蓮畑
     駐車場の前に蓮畑?
    [ 2006/08/28 07:19 ] 放浪記 | CM(0)
  • EDIT 

  • 蜻蛉(せいれい)の滝

    川上村は吉野川の源流の村で、川や滝やダム湖などの水ものがきれいです。蜻蛉の滝は高さ50メートルの水量豊かな滝。蜻蛉はかげろうとも読まれ、とんぼのことです。滝の飛沫が虹を描き出すことから、虹光(にじっこう)の名前もあるんだとか。パソコンで「せいれい」と入力すると「精霊」の文字が出ました。どうどうと流れ落ちる滝を見ていると、近くに滝の精霊がいそうな、ふとそんな気がしました。

    蜻蛉の滝
     滝見台の上から

    滝1
     滝見台から間近に見る

    滝2
     滝つぼを見下ろすと吸い込まれそうな深緑

    光
     頭上にはじける光
    [ 2006/08/27 06:26 ] 放浪記 | CM(0)
  • EDIT 

  • 大台ケ原にて

    大台ケ原は吉野熊野国立公園内に位置し、日出ケ岳(標高1,695m)を最高峰にゆるやかな起伏が続く台地です。トウヒ、ウラジロモミからなる針葉樹林と、ブナ、ミズナラなどからなる広葉樹林からなる森の道は、夏でもひんやりと涼しく、どこからか澄んだ野鳥の声が聞こえてきます。いいにおいのする森の気を吸い込みながら歩いていると、全身の細胞がリフレッシュするような気がしました。

    大台ケ原2
     頂上近くの景色

    大台ケ原3
     目に染みるような空の青

    日出岳
     日出ケ岳山頂に到着

    山頂
     絶景かな!

    鹿
     鹿の親子がのんびりと草を食んでました

    大台ケ原4
     その鹿が繁殖し過ぎて木の皮を食べてしまい、
     このような枯れ木の山になったそうです(^^;

    清流
     清流にきらきらと反射する光。流れる光のアートです
    [ 2006/08/26 05:35 ] 放浪記 | CM(0)
  • EDIT