普通はつらいよ

普通はつらい


斎藤一人さんの新刊を読みました。
昨年の5月に体を悪くされたときの体験が書かれています。
死ぬかと思った一人さんのところに天照大神様が出てきて
「伊勢神宮に来たら治してあげるから」
と言われたそうです。

階段も上がれないような状態で人に支えられながら
伊勢神宮にお参りしたところ体の激痛が半分になり、
みるみる体調が回復したらしいです。
そんな体験をされたあとに書かれたからか、
これまでのものとは一味違った内容になっています。
一人さんの言いたいことがすべて詰まったお宝本(CD2枚付)です。


二三紹介します。




心や魂は傷つかない 考え方が現実になる



映写機を想像してください。
映写機は光源を持って光を発してフィルムを通り、
スクリーンに映像を映します。この映写機から発する光が
命であり魂であると考えてください。
つまり映写機から出る光がフィルム(考え方)を通って
スクリーンに映ったときに、いろいろな映像が現われる。


あなたの心には傷などついていません。うまくいかないようならば、


それは考え方に傷がついているからです。うまくいっている人と

うまくいっていない人をよく観察してみてください。



考え方が違うだけです。



考え方というフイルムを替えないで行動だけを変えても、

うまくいきません。不幸のフィルムからは不幸な現象しか

起こらない。重要なことは考え方のフィルムを替えること。





だから、否定的な人には否定的なことしか起きない。
否定的な出来事が出てくるようになっているのです。
この世はつらいものだと思っている人は、
何を見ても
つらく見える。

苦しむ人は「世の中苦しい」というフィルムを入れている
からです。どれをつかんでも苦しむ。そんな人が見ている
世の中という映画は苦しみの映画なのです。

重要なことは、この考え方というフィルムをどう使うか
ということなのです。




「ありがとう」には限界がある


最近「ありがとう」という言葉が流行ってるようです。
この言葉自体、絶対にいい。けれど、それを言うことだけを
最終目的にしないでほしい。


ふだんから「ありがとう」と言っているといいことがある。

「感謝してます」と言っていると、同じようにいいことがある。

これはほんとうです。

「ありがとう」と言い始めれば、いいことが立て続けに
起こってきます。それに味をしめて、
「ありがとう、ありがとう、感謝してます」とずっと
言っていたとします。そうすると、それはただいただく
だけの人生になってしまう。


「ありがとう」と他人に言っているばかりではだめなのです。
「ありがとう」と他人から言われるような人生を送ることが
重要なのです、それが次の段階。


人間の究極の目的は、人から喜ばれるような存在になること、
「ありがとう」「感謝してます」と広くたくさんの人から
言われるようになることなのです。

「ありがとう」「感謝してます」とばかり言っていて、
ずっとその場で立ち止まってはいけないのです。
始めたばかりのころは、いいことがいっぱい起きる。
でも、しばらくしたら言ってもいいことが起こらない、
と言う人がいます。

それは天からのサインです。

「そろそろあなたは次の段階に行きなさい。
 いつまでも『ありがとう』って言ってるだけでは
 だめですよ。次は『ありがとう』って言われる生き方を
 しなさい」ということです。





一人さんのお話は誰が聴いても分かりやすく、日本人の心に
しっくりくる。そんな感じがします。

津留さんやミロス理論も真理をついていると思う半面で、
なにか大切なものが欠けているようにも感じていました。
それは「感謝」というフィルムがないということだったの
かもしれません。


どちらも正しい。


そういう見方もあるので、どちらもいいと思ってます。
[ 2007/04/30 08:16 ] satorix | CM(0)
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  • スピリチュアルは2割でいい

    母が亡くなりはや10日が経ちました。

    ゴールデンウイークにふさわしく今日は快晴です。

    いつもと変わらぬ穏やかな朝に洗濯物を干しながら

    田舎で洗濯物を干している母の姿がふと目に浮かびました。

    電話したら返事がかえってくるんじゃないかと思えるほど

    いつもと同じ朝です。



    今週の水曜日にまた和歌山に行ってきます。

    母の住んでいた家をとり壊し更地にして地主さんに返す

    ことになりました。荷物の整理と処分のため行ったり来たりの

    生活になりそうです。仏壇のことや納骨のことや現実的な用事が

    いっぱいで頭がついていかない状況です。



    こなきじじいや親戚の人に手伝ってもらいながら、少しずつ

    やっていこうと思ってます。



    今回、身をもって学んだことは、

    人間、切羽詰まると悩んだり考えたりしてる暇などなく、

    目の前のことをひたすらこなすだけだということ。

    正直スピリチュアルは役に立ちませんでした。



    斎藤一人さんがスピリチュアルは2割でいいと言ってます。

    私も含めてスピリチュアルにはまり込んでいる人が多いですけど、

    不思議なことばかりに頭がいって現実の生活が疎かになったり

    不思議に頼って願い事ばかりしていてもなにも起こらない。

    そういう人は現実逃避をしてるだけとはっきり言われてます。



    ちなみに「不思議」という字は思ってもいけない、

    議論してもいけないというふうに書きますよね。



    不思議なこともいいけれど、生活の8割は仕事をしっかりして

    人生をしっかり生きて、日常的なことをしっかりやらないといけない。

    残りの2割で不思議を楽しめばいいとのことです。



    理屈ばかりこねていても現実的なことができなければ、

    中身のない張り子の猫(^^;

    わざわざこの三次元に生まれてきた意味がないと

    今回のことで気づかされました。



    目の前のやるべきことをきちんとやる。

    掃除もしっかりやると決めました。

    昼から先週休ませてもらった玉さんのところに

    援助に行ってきます。



    ブログも書きます。
    [ 2007/04/29 09:55 ] satorix | CM(0)
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  • 母との別れ

    去る19日に母が亡くなりました。

    23日の夕方知らせを受けて和歌山へ駆けつけ

    25日にお葬式を終えて昨日京都に帰ってきました。

    つい最近電話で話したばかりで、母がいなくなった実感が

    あまり湧いてきません。



    近いうちに一度顔を見に行こうと思っていたところでした。

    もっと早く行っとけばよかったと悔やまれます。

    最期の時にそばにいてあげられなかったのが心残りです。



    死亡診断書を書いてくださった医師にお話を伺うと

    死因は心臓の血管がなんらかの原因で詰まったことで起きる

    虚血性心疾患の疑いだそうです。遺体発見時の状況から見て

    おそらくそれほど苦しまずに亡くなったと思いますと聞いて

    救われた思いがしました。そばに誰かいたとしても

    助からなかったでしょうとも言われていました。



    人の生死は測り知れない。

    目に見えないシナリオによって決まっている。

    そんな思いがしました。



    母の魂は逝くべき時を自分で決めて旅立って行った。

    そんなふうにも思いました。



    「チベットの死者の書」では亡くなった人の魂があの世に

    移行してゆくのに七つのステージがあると書かれています。

    仏教ではその期間を中陰と呼び七日ごとに忌日の法要をします。



    葬儀の25日はちょうど初七日に当たりその法要もしてもらいました。

    四十九日までの供養は京都の自宅でしようと思い、お骨と位牌を

    連れて帰ってきました。



    師匠のまなじぃさんも四十九日の間、母のためにお祈り(モクシャ)を

    してくださるそうです。ありがとうございます。

    私も母の供養を通じて自分の内面と向き合い、

    魂の浄化のプロセスにしたいと思っています。

    母と私の最後の語らいです。



    落ち着いたらまた書きます。

    今日はこのへんで。
    [ 2007/04/27 17:42 ] つれづれ | CM(0)
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  • 新緑の大法院

    妙心寺の塔頭 大法院の新緑です



    大法院い



    大法院ろ



    大法院は



    大法院笹







    ぽ



    と



    んん・・
    [ 2007/04/23 05:49 ] 京都寺社 | CM(0)
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  • 怪しいセミナー

    ミロス理論というのをご存知だろうか。

    京都でセミナーがあったので行ってみた。

    会場でもらった冊子を読んでいると隣にご夫婦が

    すわられ、ご主人から話しかけられた。

    晴明神社の時と同じパターンだと思った(^^)



    冊子に書かれていた内容は津留さんの言われていることと

    同じだったので、話のついでに津留さんのサイトを教えてあげた。



    今回聞いた範囲でミロス理論を簡単に説明すると、

    「すべてはひとつ」の世界観がポイントになっている。

    私達は物事を判断する時に

    「できるできない」「良い悪い」「上か下か」「多い少ない」等

    二つに分けて見るのが癖になっているが、二つのうちどちらかを

    選ぶと同時に反対のものがセットになって付いてくる、

    と言うことに気づいていない。

    プラスとマイナスは同時に発生するのだから、

    プラスをつかめばマイナスもいっしょにつかむことになる。

    ここにプラス思考の落とし穴があるという訳だ。



    世に喧伝されている成功法もプラスをイメージする点では

    同じこと。成功の影には必ず失敗が隠れていると言う。

    失敗のない成功法があるとしたら、プラスマイナスを判断せずに

    起きることをそのまま受け入れることだと言われていた。



    いつも言っているように起きる現象には意味がない。

    意味をつけているのは自分の心だ。

    これも津留さんが言われているニュートラルな視点と

    同じことだと思った。



    二つ目のポイントは人間関係でよく言われる鏡の法則。

    すべてはひとつなのだから、目の前の人も環境もみんな自分と

    いうふうに見る。目の前の頑固な人も意地悪な人も自分の内側にある

    影の部分を見せてくれる鏡という訳で、それに気づくと相手のマイナスと

    自分のプラスが相殺されて問題が消えると言われていた。



    別の言い方をすると、自分が原因で目の前にあるものが結果。

    見ているものと見られているものがセットになっている。

    たとえば、いじめられる人は自分で自分をいじめているから

    外側にいじめられる現実を引き寄せるのだと。

    自分で自分にOKを出すといじめが消えるなど。



    要はバランスを知るのがだいじだと言うことです。

    他にも原因と結果は同時に存在する(共時性)など

    興味深い話もありました。



    2012/1/30追記

    たまたまですが、先日、ミロスの元会員だった人のブログを読んで、
    この会は、いろいろ問題があるらしいと言うのを知りました。
    やっぱりそうかと思いました。

    セミナーに参加したときに、ちょっとした違和感があったんですよね。
    たとえば会場に集まった人の雰囲気がやたらと明るいとか。
    マルチ商法のセミナーを連想させるようでした。

    本の広告も派手で、セミナーの案内がやたらと多いのも気になりました。
    結局、本はセミナーに誘う呼び水で、肝心のことは書いてませんでした。
    お金の臭いがするなと感じました。

    記事を削除しようかと思いましたが、
    感想を付記して残しておきます。
    お気をつけください。
    [ 2007/04/22 22:57 ] satorix | CM(1)
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  • またどっきり

    金魚鉢

    ミッキーさんが金魚鉢の前ですわっていました。

    じっと水中を見つめています。





    めだかいじーーーっ





    めだかろメダカあやうし!





    めだかはペロペロ

    ねらいはお水でしたか。

    あーよかった(^^;
    [ 2007/04/21 08:00 ] ミッキー | CM(0)
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  • どっきりカメラ

    (小声で) ただいま朝の5時です。

    これから就寝中のミッキーさんを

    起こしてみたいと思います(^o^)b



    おはようございます。テレビ白猫です。



    どっきりあん??ここはどこ

    わたしはだれ??
    [ 2007/04/21 05:00 ] ミッキー | CM(0)
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