お見舞いの花



利用者さんが入院されたと連絡があった。
お見舞いに行こうと思いミニサイズの花束を買った。
空き瓶に入れてみてふと違和感を感じた。
花束に菊の花が混じっていたからだ。
気になってネットで調べたら、菊はお悔やみ用の花とあった。
調べてよかった(^^;

他にも鉢植えの花は根付く(寝つく)を連想するからだめ、
白や赤や暗い色の花、匂いのきつい花、首から落ちる花、
シクラメンやアジサイはだめなどあるそうです。
気にしない人ならなんでもいいと思いますが、
お年寄りには避けたほうがいいですね。

写真は大龍寺の秋明菊。まだあまり咲いてませんでした。
[ 2009/09/30 09:11 ] 日記 | CM(3)
  • EDIT 

  • 小学生は天才だ


    個性的な人に魅力があるように、個性的な文章には魅力がある。
    ネットの世界でも上手い文章を書く人はたくさんいるが、
    魅力のある文章を書く人は少ないように思う。

    原因が学校教育にあると書いている人がいた。
    小説家の高橋源一郎さんだ。

    高橋さんがそう考えるきっかけになったのが、
    小学校で文章を教えた時の体験だったそうだ。
    子どもたちが書いた文章を読んで高橋さんは
    「3分の2は天才と思った」そうである。



    以下、朝日新聞より。




    だが、その子たちも中学生になると「急激に下手」になると言う。
    教育という規制が入り、紋切り型になってしまうというのだ。

    「一番悪いのは、生徒に会う前からカリキュラムが決まっていること。
     どんな生徒かも分からないのにマニュアル以下」と批判する。

    「最高の小説や批評は最高の教育者。カフカも今までの知識を捨て、
    白紙になって書いているから教育を解除する作用がある」

    なぜ小学5年生に戻れば名文が書けるのか。
    高橋さんは「言葉の私性」という概念を語る。
    対するのは教育という国家システムによる「公の言葉」だ。

    例えば「憲法を書く」という宿題。
    元々「公の言葉」で書かれた憲法を、ある学生は
    憲法さんが自らを語る、という形式で前文を書いた。

    ーお母さんはアメリカってことだよね。
    他に親戚にドイツやイギリス……

    これに高橋さんは、公の言葉で語るより
    「ずっと親密な形で考えることができる」と感想を記した。
    「『私』から発しないと、本当の意味での公には達しないのだと思っている」
    というのだ。





    なるほど。
    拙くても自分の言葉で書いた文章に訴える力(魅力)がある、
    ということですね。憲法も関西弁で書いたら面白くなる。笑

    学校教育については高橋さんに同感です。
    学校では個性的であるより協調性が求められるので、
    学年が上るにつれ個性が矯められていくような気がします。
    これを白猫語で盆栽化(凡才化)教育と言います。(^▽^)

    あんまり書くと学校の先生に悪いので教育の話はここまで。
    失礼しました。
    [ 2009/09/28 17:45 ] つれづれ | CM(2)
  • EDIT 

  • アインシュタインの言葉




    常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう

    [ 2009/09/28 03:40 ] ことのは | CM(0)
  • EDIT 

  • 脱・洗脳

    情報が多ければ多いほど、
    本物の情報は埋もれていきます
    私たちには、偽の情報、
    一部の情報しか与えられていません
    これは「洗脳」されていることを意味します

    洗脳状態から脱却し、
    あらゆる束縛から解放され、
    究極の自由を手中に収めてください




    脳機能学者の苫米地英人氏の『洗脳』からの抜粋です。
    昨夜、寝ながら洗脳について文章を考えていたのですが、
    いざ書こうとすると頭の中がまとまらず、
    自分で書くのは潔くあきらめ、笑
    本の紹介でお茶をにごすことにしました。


    苫米地氏はオウム信者の洗脳を解いたことで知られる人物で
    『洗脳原論』を初めとする著書が多数あります。
    白猫も何冊か読みましたがおもしろかったです。


    この世の中は実際に洗脳であふれかえっています。
    身近なところではテレビ、CM、新聞、雑誌、映画、
    あらゆるメディアが洗脳の道具として利用できます。


    怖いのは知らず知らずのうちに洗脳されているということです。
    仮に日本国民全員が洗脳されているとしたらどうでしょうか。
    ここから先は国家機密にまつわる話になるので書きませんが、
    興味のある方は苫米地氏の『脳と心の洗い方』をご覧ください。


    ちなみに洗脳とは、何者かが被洗脳者の利益の為ではなく
    洗脳者自身の利益の為に行うものという定義があるそうです。


    学校教育はどうだろう、と時々思うことがあります。
    北朝鮮ほどひどくはなくても特定の考えを刷り込むという意味では、
    洗脳に似ているところもあるような気がします。
    ここだけの話です。笑


    思うに悟りとは、生まれて以来、外部世界から刷り込まれてきた
    あらゆるプログラムを消去した状態と言えるかもしれません。
    脳が初期化されたらどんな世界が見えるんだろう。
    そんなことを思いながら変な毎日を生きてます。笑


    写真は洗脳本のスピリチュアル版です。
    この本にも洗脳されないようご注意ください。(^▽^)


    [ 2009/09/27 15:57 ] 読書 | CM(0)
  • EDIT 

  • 諦めの秘めたるパワー



    「あきらめる」と聞いてあなたはどんな気持ちになるだろう。
    悔しい、悲しい、残念だ、などの感情が湧いてくるとしたら、
    あなたは前向きで行動的なタイプかもしれない。


    白猫は斜め向きで、笑、かつ非行動的なタイプなので、
    「あきらめる」と聞くと肩の力が抜けてほっとした気持ちになる。
    やわな性格ではあるが、土壇場になると開き直るところがあり、
    弱いのか強いのか自分でもよくわからない。


    世間一般には諦めず頑張ることがすばらしいとする価値観があるが、
    諦めることが必ずしも弱いこと、恥ずかしいことだとは思わない。
    なぜなら諦める方がよほど覚悟がいる場合があるからだ。


    たとえば自分や家族が病気になったとして、なんとかよくなりたい、
    治ってほしいと手を尽くしたあげく、どうしても治らなかった場合は
    これはもう諦めるしかない。腹をくくるとも言う。


    そうすると、不思議なことが起こる。
    状況をなんとかしよう、変えようと悶々としていた時は、あれほど苦しかったのに、
    諦めて状況を受け入れたとたんに、波立っていた心が平静になり、
    内側から秘めたる力が湧いてくる。腹がすわるとも言う。


    上記は白猫の体験だが、厳しい現実であればあるほど、
    それを受け入れた時、人は強くなれるのだと思う。


    ちなみに「あきらめる」の元の意味は「明らめる=明らかにする」
    という意味だそうだが、物事や現実をありのままに見ること、
    と白猫は解釈している。


    もちろん、諦めずに頑張れる人はすばらしいと思う。
    がしかし、潔く諦める勇気のある人もすばらしい。
    と、言わせてほしい。笑


    諦めるか、諦めずに頑張るか。
    あなたはどちらのタイプ?
    [ 2009/09/26 21:57 ] つれづれ | CM(2)
  • EDIT 

  • 人は死ぬまで生きている

    南北先生の「開運の極意」を読んで思い出したことがある。
    子どもの頃、大人たちがよくこんな話をしていた。


    人は生まれた時から一生のうちに食べる分量が決まっている、
    既定の食糧を食べ終えるまでは死なない、というような話だ。
    それが本当なら、少食にすれば長生きできるというのも頷ける。


    似たような話に 「病気と寿命は違う」 というのがある。
    重病で、もう長くはなかろうと思えた人がその後何年も生き延びたり、
    逆に昨日まで元気だったあの人が、突然亡くなったりすることも珍しくない。
    同じがんになって、治る人もいれば治らない人もいるのはなぜだろう。


    人は病気では死なない、寿命で死ぬのだ。


    身近で亡くなっていった人たちを見てきて思ったことである。
    10歳で突然死した我が子は、手のひらを縦に走る生命線が
    両方ともまんなかで途切れていた。


    見かけは病死でも人が亡くなるのは、それがその人の寿命だったからだ。
    一時の気休めなどではなく、いまでもそう思っている。


    自分自身はあまり長生きしたいとも思わないけれど、少食を実践して
    ミッキーさんみたいに元気なばあちゃんになりたいものだ。


    おまけ

    年とって病気になっても、人は死ぬまで生きている。
    いまの今、生きてることが奇跡かな。
    [ 2009/09/25 16:49 ] つれづれ | CM(0)
  • EDIT 

  • 少食開運法




    最近あまりお腹がすかなくなった。
    一日二食でうち一食はごはん抜きの日が多い。
    おやつを食べるのでそれでも多いくらいだ。


    夏場に冷たいものばかり食べていたせいか、
    数日前から胃の調子が悪く、ますます
    空腹感がなくなっている。


    これ幸いと? 食生活を変えることにした。
    一日二食から一日一食プラスアルファに。
    お昼はいつもの玄米に残り物のおかずと漬物、
    夜はジュースかスープにしようかと思っている。


    おやつもやめられたらいいが、甘いものが好きなので
    あまり自信はない。笑


    少食にするといいことがたくさんある。
    お腹がすくのでなにを食べてもおいしいし、
    食べ物に対して感謝の気持ちが湧いてくる。


    コレステロール値が下がって健康になるし、← 自分のことです。笑
    余分な脂肪が落ちて体もスリムになるだろう。


    毎日の料理にかける時間が節約できるし、
    なにより食費が減るので経済的である。


    栄養学なんて、はなから信じていない。
    一日何カロリーで何品目の栄養素が必要だと言うが、
    少食でも普通以上に元気な人がいる。


    聖路加病院医師の日野原重明氏はちゃんとした食事は夜だけで、
    朝はジュースかミルク、昼はミルクとクッキー2枚だそうだが、
    精力的に仕事をこなされている。97歳だそうだ。


    子どもの頃からみんな、食べないと体に悪いと洗脳されているが、
    食べ過ぎのほうがよほど体に悪いと思う。
    いまの人はほとんどが食べ過ぎだ。


    白猫は元々食べものにあまり関心がないので、
    自分一人のときはだいたい同じようなものを食べている。
    今日なにを食べようかと考えるのがめんどくさいからだ。笑


    ちなみに少食にすると運勢がよくなる、
    と言うメリットもあるらしい。


    江戸時代の観相学の大家、水野南北が著書に
    「開運の極意」と称して次のように記している。



     『命』のある間は どんな人にも運がある。
     朝早くから起きて、毎日の仕事に精を出し、
     その上飲食をつつしんで怠らなければ、
     自然に天理にかなって『運』は段々開けてくる。
     これを『開運』という。


     飲食をつつしんでいると心も体も健康で、
     氣が自然に開けてくる。
     氣が開けると運もそれにつれて開けてくる。
     決して誤りはない。
     まず三年つつしんで見なさい。
     それで、もし運が開けなかったならば、
     世界に神様はおられない。
     


    〇 人間一生の吉凶は、皆只その人の飲食による。
      恐るべきは飲食である。
      つつししむべきは飲食である。

    〇 飲食が分限より多い人は、
      たとえ人相がよくても何事も順調に行かず、
      手おくればかりで
      生涯気苦労がたえず、晩年不仕合せである。

    〇 大食であって、そのうえ量も時間も決まっていない人は
      問題外で一生涯運はよくならず、
      ついに家庭をこわし、病気になる。

    〇 小食で、厳しく定めている人は、
      たとえ貧乏して悪い人相であっても
      相応のしあわせがあり、
      長生きして何事にも大抵不自由することなく
      晩年しあわせであり、
      ひ弱そうに見えても病気をすることがない。

    〇 自分が後々、立身出世しようと思うならば
      まず第一に食を減らして厳重に定めること
      これができる人は必ず立身出世をし、
      できない人は生涯立身出世の見込みがない。

    〇 繁盛している家の運が尽きてつぶれようと
      しておっても、もし跡継ぎの主人がその食事
      を減らして厳重に守ると
      収入が自然に延び、家運は栄える。

    〇 たとえ貧乏で苦労の多い人相でも
      自分自身で、貧乏人らしく粗末な物を食べ
      これを厳重に守り抜くときは
      自然に貧しさから抜け出して
      相応の財産ができる。これを自福自得という。




    世間一般に「食べるのが楽しみ」と言う価値観があるので、
    あえておすすめはしないが、体調と運勢の悪い方は
    一度試してみてはいかがかと思う次第である。
    [ 2009/09/23 14:00 ] 心と体 | CM(0)
  • EDIT