読むと心が楽になる本

仏教学者のひろさちやさんの新刊です。
赤い金魚柄が気に入って買いました。
おっと^^中身もね。

ひろさんは世間の価値観とは違う仏の価値観で
ものを言われるところがおもしろいです。
これまでに書かれた本はいっぱいありますが、
どれを読んでも肩の力が抜けて楽になります。


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どうやったら幸せな人生を送れるのか?
充実した人生を送れるのか?
そのためには人生をあきらめてください。
人生をあきらめたとき、人生には意味もなければ、生きがいもない、
ということに気づくでしょう。

あとは、ほとけ様、神様に下駄を預けるほかありません。
絶対者に下駄を預けて、生きていくほかはない。
そして、そのなかで楽しく、ゆったり、のんびり生きる、
これがあきらめる人生です。

がんばる人生を選び、がんばる生き方を生きる人は、
誰もがあくせく、いらいら、がつがつしないといけません。
どちらの生き方を選ぶかはあなた次第です。



    illust2304_thumb.gif
[ 2012/05/31 06:42 ] ことのは | CM(0)
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  • 運命は決まっているのか

    インドには個人の過去から未来までを正確に記す予言書がある。

    それを遺した聖者の名から人々は「アガスティアの葉」と呼んだ・・・

    私は友人に誘われ予言書の場所まで旅の途につく。

    人生とは運命か・・・ それとも意志か・・・ 
    この問いを胸に。

    が・・・ そこでの体験は科学で説明できるものではなかった・・・




    昨日、あるブログを読んでいて、
    青山圭秀さんの『アガスティアの葉』に書かれていたことをふと思い出した。
    青山さんと言えば処女作の『理性のゆらぎ』を読んで衝撃を受けた記憶がある。
    本が出たのが1993年というからもう19年前になる。


    京都に来られたときに一度だけ講演を聞きに行ったことがあるが、
    写真の印象どおりの物静かで知的な雰囲気のあるひとだった。


    残念ながら本は古本屋に売ってしまったのでいまは手元にない。
    詳しい内容は忘れてしまったが、人の運命について書かれたものだった。


    アガスティアの葉とは南インドに実在するふしぎな葉っぱのことで、
    そこには個人の一生についてこと細かく予言する言葉が記されている。
    ちなみに葉っぱは探しにくる人全員の分が保管されていると言う。


    青山氏の体験によると、自分のことだけでなく両親のことまで的中していたそうだ。
    後に出た本にも書かれていたが、恋愛や結婚相手についてもあたっていたらしい。
    ここまであたると、本人としては信じないわけにはいかなかったことだろう。


    一連の青山氏の本がきっかけで、サイババとアガスティアの葉ブームが巻き起こり、
    インド行きのツアーが次々と企画されていた当時のことをよく覚えている。
    しまいには本人の代わりにインドまで葉っぱを探しに行ってくれる
    検索代行サービス業者まであらわれた。


    しかしブームは長くは続かず、しだいに下火になっていった。
    アガスティアの葉が偽物ではないかとの噂が流れるようになったからだ。
    当時、検索代行サービスをしていた人が次のようなことを書いている。



    アガスティアの葉は本物だろうか



    アガスティアの葉の真偽はさておくとして、
    はたして、人の運命は生まれたときから決まっているのだろうか。
    白猫は決まっていると思っている。


    一方で「運命は自らの力で切り開ける」とする考えもある。異論はない。
    努力したりがんばるのが好きな人には合っていると思う。
    白猫はなまけものなので、がんばるのが苦手だ(^^;


    仏教学者のひろさちやさんは、がんばるのは悪、あきらめるのは善、と言われているが、
    「あきらめる」は事実を「明らめる」という意味で、本来ネガティヴな意味はないそうだ。
    対極にある「がんばる」は「我を張る」という語源があるらしい。


    あきらめるのをよしとするのは仏教的な生きかたで、
    アメリカ的な成功法則などは、がんばる生きかたになるだろう。
    いまの日本では後者の生きかたが主流になっているようだ。


    思想や哲学は薬のようなものだから、合わなければかえって毒になる。
    じぷんに合うほうを選択すればいいと思う。
    ここでは運命決定説について述べたい。


    人生のシナリオが細部にいたるまで決まっているのだとしたら、
    どちらの考えを選択するかもすでに決まっているのではないか。
    自由意志というのは自我の幻想で、もっと言うならば自我すらも
    シナリオの一部ではなかろうか。


    我々はお釈迦様のてのひらで遊ばされている孫悟空なのか。
    似たようなことを前にも書いたことがあった。


    興味のあるかたは読んでほしい。→「自由意志についての考察」


    仮に人生がシナリオどおりだとしても、なげやりになる必要はない。
    なぜなら、本人にはどんなシナリオか知ることはできないのだから。
    分からなければ決まっていないのと同じことである。
    かりそめの自由意志をおおいに楽しめばよい。


    数多ある情報のなかで出会う情報も決まっている。
    すべてはその人が持って生まれた縁によるものだ。
    縁とは遺伝子に書き込まれている情報のことである。


    同じ情報に出会ってもなにも感じない人がいるのは、
    遺伝子の情報が人それぞれに違うからである。
    同じ周波数をもった音叉が自ずと響き合うように、
    あなたの魂に響く情報があなたにとっての縁なのだ。


    以上はあくまでも白猫の私見(妄想とも言う)である。
    合わないかたは笑って読みとばしてほしい。
    [ 2012/05/30 06:26 ] satorix | CM(3)
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  • どちらにしようかな、天の神様の言うとおり

    右に行こうか。左に行くか。
    人生は選択の連続だと言う。
    あのとき右を選んでいれば、、
    そんな発想は後悔を生むだけだ。

    誤解を怖れずに言えば、
    間違った選択というものはない。
    同様に正しい選択というのもない。

    ことは起こるべくして起こっている。
    あなたが後悔することはなにもない。

    右に行こうが、左に行こうが、
    選んだ道があなたの道だ。


    Y字路1



    Y字路2



    Y字路3



    Y字路

    近所のY字路。さてどっちに行こうかな。
    [ 2012/05/29 14:54 ] 建物・看板 | CM(2)
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  • 銭湯難民

    行きつけの花猫湯が主の入院で休業になったので、
    御室湯に行ってみたら臨時休業だった。
    栄湯に行くと、ここも休みだった。
    足を伸ばして衣笠温泉まで行った。

    店主の高齢化による廃業などで銭湯が年々減っている。
    銭湯好きにとっては寂しいことである。


    御室湯
    御室湯



    栄湯
    栄湯



    衣笠温泉

    衣笠温泉。露天風呂や冷凍サウナがある。
    [ 2012/05/28 20:06 ] 未分類 | CM(2)
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  • ほのぼのうれし

    きつねのぼたん
    [ 2012/05/27 12:26 ] 写真詩・俳句 | CM(0)
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  • 猫のおまわりさん

    京都府警宮津署の養老駐在所に猫のおまわりさんがいます。
    名前は伊右衛門。捨て猫だった伊右衛門を駐在所のおまわりさんが育て、
    奥さん手づくりの制服を着せていっしょに巡回するようになったそうです。

    伊右衛門のおかげで、お年寄りたちが気軽に話しかけてくれるようになり、
    地域の防犯に役立っているとして、府警から表彰されキャットフード
    一週間分が贈られたと先日の新聞に載ってました。

    猫のおまわりさん、お役目ごくろうさまです。
    伊右衛門の写真はこちら


    猫のおまわりさん

    わては神社の受付けをしてますにゃん。交替制ですにゃん。
    [ 2012/05/26 06:38 ] | CM(2)
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  • 猫をたずねて観音正寺まで(後)

    本堂横にお庭がありました。
    池の背後に築かれた巨石の群れに圧倒されます。


    観音正寺庭



    観音正寺庭1



    観音正寺庭3



         観音右



    見晴らし2



    観音正寺10



    納経所
    みいちゃんばいばい



    観世音菩薩



    石碑



    観音正寺5



    赤帽の人



          鐘楼



    近江富士

    近江富士が小雨に霞んでおりました。
    [ 2012/05/25 06:20 ] 放浪記 | CM(0)
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