記憶はどこに宿るのか

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古本市で『記憶する心臓』という本を見つけた。
数年前にブログに書いた本だ。過去記事はこちら


内容は、心臓移植を受けた女性が手術後に
ドナーの性格や嗜好を受け継ぐという
不思議な体験を綴ったものである。


いったいなぜ、そのようなことが起きるのか、
最も有力な仮説に細胞記憶説がある。
臓器の細胞にドナーの記憶が宿るというものだ。


今回は、この本に書いてあったサイコメトリー説を紹介してみたい。
サイコメトリーとは、物体に宿る残留思念を読み取る超能力のことだが、
ここでは物体そのものに記憶が宿るという説を指して言う。


前世療法で有名な精神科医のブライアン・ワイス博士や、
生物学者のライアル・ワトソンは、移植による記憶の転移を、
このサイコメトリーによるものと解釈しているようだ。


ちなみにライアル・ワトソンは、
我々が身近に置いて頻繁に触れる品物には"感情の指紋"なるものが生じ、
そこに思考や感情が蓄えられることがある。のちに状況が整った場合、
それが息を吹き返し、ひとり歩きをすることがある。
と述べている。


日本の昔の言い伝えにも似たような発想がある。
「つくも神」がそれだ。
たとえば鍋や釜、ホウキやチリトリ、鏡や櫛など、
長い間使いこんだ古道具には魂が宿ると言われている。


真夜中にホウキやチリトリが、歌ったり踊ったりしたら、
さぞやおもしろいだろう。笑
だが、命のない物が、自分の意志を持って動き回る、
というのはあり得ないと白猫は思う。


ワトソン氏の言うように、使ってた人の想いが物に蓄えられることは
あるかもしれない。思考や感情を含む記憶は一種の情報だからである。


物だけでなく空間にも個人の情報がネット上のホームページのように、
存在しているのではないか、という説を過去記事で紹介したが、
ラジオやテレビのように、個人のホームページに波長を合わせられれば、
たとえ、その人が亡くなっていても記憶情報を読み取ることは可能だと言う。


前世や生まれ変わりという現象も、単に故人の情報を読み取ったものを、
それとは知らず、自分の記憶にすり替えているだけ、という見方もできる。


非科学的ではあるが、記憶はどうやら脳にだけ蓄えられるものではないらしい。
心臓は脳とも連動していて、他の臓器よりも蓄えられる情報量が多いという説もある。


他人の心臓をもらうということは、他人のエネルギーのボールをもらうようなもの。二人分の生を生きるという意味で、移植を受けた人の精神的な重圧は測り知れない。そのへんの心理的な葛藤が体験者の声で具体的に語られていて、読みごたえがあった。


ちなみに著者はアメリカ人のダンサーで、知的で探究心の旺盛な女性です。
ダンサーで俳優のシャーリー・マクレーンに似ているなと思いました。


最近、臓器移植の話題をよく目にするので紹介してみました。
説明が難しくて頭がウニになりました。笑
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[ 2010/08/23 17:54 ] 読書 | CM(0)
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