宇宙はさびしかった

          宇宙は さびしかった

          なぜなら うちゅうには

          じぶんだけしか いなかったから

          宇宙は たいくつだった

          なぜなら うちゅうには

          なにひとつ 欠けたところがなく

          完全な 存在だったから



          あるとき 宇宙はおもった

          不完全を 体験したいと


          Big Bang!


          宇宙大の くしゃみと共に

          エネルギーの 渦が生まれた

          渦の中から この世の

          ありとあらゆる物が 

          誕生した



          花や 木や 動物や

          空や 雲や 海や風

          世界に              

          ヒトの種がまかれた



          宇宙は 物理的現実という

          不完全な 世界を創造した

          寂しさを 忘れるために

         

          宇宙は 

          3Dの 夢を見ている

          生まれては 死に

          死んでは また生まれ

          果てしなく続く

          見はてぬ夢を



          宇宙は 

          退屈を 紛らわせるために

          「わたしは目覚めた」という

          夢すら 見ることがある

          という

          

          宇宙は ほんとうは 夢から

          目覚めたくは ないのである

          寂しくなるからね
          


          宇宙とは これを見ている

          あなたのことである

          




苫米地英人さんの『幻想と覚醒』を読んで、詩を書いてみました。
この本は文章は平易ですが、難解です。


内容を一言で説明すると、この世はすべて幻想である、ということで、
仏教の唯識論と同じようなことが書かれています。


興味深かったのが、幻想がレイヤー(階層)になっていて、
目覚めた先も別の幻想の世界であり、どこまでいっても幻想が続き、
最終的には情報だけになるということ。


小学生の時に、この世は幻想だと気づいた人の言うことなので、
「へぇ~!」と思うだけで、凡人にはおよそ窺い知れぬ世界です。
頭がびょーん。笑


以下、本文より引用。



幻想と覚醒




物理的現実世界という幻想から覚醒しても、
目の前に広がるのは新たな幻想です。
その幻想から覚醒しても、さらに幻想が現われます。
幻想から覚醒し続けると、待ち受ける先は情報です。
すべては情報だけになります。そして、目の前に広がる世界は、
すべて自分が生み出したことに気が付きます。

恋人も友人も両親、総理大臣も芸能人も赤の他人も、
すべて自分が生み出した情報です。
すべて自分が生み出したフィクションです。
皆さんは、それぞれ宇宙で1人だけしか存在していません。
宗教でよく言われるところの、アートマンという存在です。


幻想から覚醒し続けていくと、待っているのは究極的な孤独です。


ビッグバンは何の意図もない情報空間から、
人々が意図的に情報を共有するために起こされた現象です。
人間が互いに見て、聞いて触れることができるように、
わざわざ物理的制約を設けた世界を生み出すために
起こされたのがビッグバンなのです。


人が寂しさを紛らわせるために、物理的制約というルールを作り、
物理的現実世界というプレイグラウンドを用意したのです。





うーん、自分ひとりしかいない世界は、さすがに寂しいですね。
そう思うと嫌いな上司も、苦手なあの人もこの人も、
いてくれてよかった、と思えるかもしれませんね^^         
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[ 2010/10/29 18:15 ] satorix | CM(0)
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