無縁社会に思うこと

最近よく耳にする言葉に無縁社会という言葉がある。


昨年一月に放送されたNHKの特別番組「無縁社会~"無縁死"3万2千人の衝撃~」がきっかけになったらしい。放送後、視聴者から思わぬ反響があったと言う。週刊誌などでも取り上げられるようになり、いつのまにか社会に定着してしまった。


無縁社会も孤独死と同様に否定的な面ばかりが強調されるが、無縁社会とはそれほど悪いものなのだろうか。


よく言われるように、人は一人では生きていけない。だからと言って、人と人との絆がなによりもだいじと謳うマスコミの論調にもついていけない。


無縁の反対は有縁。では有縁社会とはどんな社会なのか。


思い浮かぶのは田舎で見られるような濃密な人間関係である。隣組内で誰かが亡くなると、近所の人がこぞってお葬式の手伝いに集まってくる。ありがたい面もあるけれど、気を使うし煩わしい面もある。


田舎では「みんなといっしょ」が常識なので、みんなと違うことをすると、ひどい場合は村八分になる。隣近所の目を気にしながら生きる有縁社会は、ひとつ間違うと不自由で息苦しい社会なのである。


そういった見方をするならば、無縁社会はしがらみがない自由な社会とも言える。


テレビを代表とするマスコミは、分かりやすさを求めるからか、いい悪いの二分思考に陥りやすいもの。番組は客観的な事実だけを報道しているわけではなく、制作者側の意図に合うように編集(演出)されていると思って見た方がよい。


ヘルパーの資格を取るための養成講座に通っていた時、講座を主催する日本ホスピスホームケア協会の会長から聞いた話である。


協会では、看取りも含めた訪問介護の取り組みをしていた。NHKから取材を受けたそうだが、最初に意図ありきで、局側の意図に合うように取材を進めるやり方が気に入らず断ったと言われていた。


ところで、無縁社会がなぜいまこれほど問題視されるのか。その先にある孤独死が増えているからだろう。


だが、先日も書いたように、孤独死が悲惨というのもひとつの見方に過ぎない。直前まで自立した生活をして独りで生を終えた人、家族に見守られながら病院で最期を迎えた人、形は違えど、死そのものにいいも悪いもない。


いい悪いの次元から離れて、あるがままに現状を見てはどうだろう。
無縁社会がここまで進んだ原因がどこにあるのか考えてみた。


現状を知る手だてとして参考になる本があった。『葬式は、いらない』の著者でもある宗教学者の島田裕巳氏の『人はひとりで死ぬ』である。




島田裕巳




島田氏はオウム真理教を擁護したのが原因で大学の職を追われ、仕事がなくなり、その後、ストレスで病気になり死にかけたことがあるそうだ。当時、ひとり暮らしをしていた自分も孤独死になっていたかもしれないと書かれていた。社会的な死と肉体的な死を体験して人生観が大きく変わったのだと言う。



死ぬまで生きればいいー
無縁死をも覚悟するところから
生き方が見えてくる。

死とは本質的に孤独なものであり、畢竟、
すべての死は無縁死である。

東洋の宗教には「どんな形で死ぬかは問題でない」
という伝統がある。




一度死んだ人間は強い。文章にもなにかふっきれたような心境が感じとれた。事件に巻き込まれたことも決して悪いことではなかったと思えるようになったとある。


人(ヒト)縁の薄い白猫も、ゆくゆくは孤独死になるのではないかと思っているが、この本を読んで、なんだか気持ちがすっきりした。


ちなみに白猫は孤独死より無縁死がよい。
できたら神隠死がよい。
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[ 2011/01/16 01:36 ] 読書 | CM(7)
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  • 寝るより楽はなかりけり

    ウチの母もよく言ってました。
    [ 2017/07/14 20:32 ] [ 編集 ]

    イリオモテヤマネコさん

    ウチの母も布団で眠ったまま亡くなり数日後に発見されました。
    直前まで自立した生活をしてたので母にしては本望だったかな。
    一人娘はあとがたいへんでしたけどね。白骨ならラクですけど、
    発見した人は腰抜かすかもしれませんね(^^;
    [ 2017/07/14 11:26 ] [ 編集 ]

    孤独死は悪?

    当時、番組を観た生真面目な知人が「孤独死を減らさないと!」と話してたので同意しました。が、その後すぐに「実は孤独死するのが夢。できたら白骨死体で発見されたい。」と言う方に出会い、心底驚きました。
    母も「孤独死の何が悪いの?」と番組に怒ってるようでした。
    [ 2017/07/14 10:04 ] [ 編集 ]

    ごまさんは海外に住んでらっしゃるのですね。
    別の意味での心細さもおありかと思います。

    >野垂れ死に、、後始末、、

    そこのところが一番心配ですよね(^^;
    日本では身内のかわりに死後の始末をしてくれる
    NPO法人があるそうです。
    件のNHKの番組で紹介されてました。

    うちも連れ合いが8歳上でして。
    お金の面でも心細いです(^^;

    いつまで生きるか分かりませんが、
    最期は天に任せるしかありませんね。
    [ 2011/01/18 10:20 ] [ 編集 ]

    当方も子供なし世帯で主人の方がけっこう年上なので、身につまされる問題です。しかも海外に住んでいるので根無し草のようなものです。

    自分自身としては、一応野垂れ死にというのもありだと思っているのですが、問題は身体が残ってしまうこと。誰かが始末をしなくちゃならないので、人様に迷惑をかけてしまいそれが申し訳ないです。

    その辺りの問題は、ある程度お金で解決できるといいと思っています。今後も単身者は増えると思われるので、何らかの互助システムなどができることを期待しているのですが。まあ、あれこれ考えても仕方がない面もありますね。自殺する以外、死に方って自分で選べないわけですから。すべて天にお任せするしかありません。
    [ 2011/01/18 09:41 ] [ 編集 ]

    羊おばさん、こんにちは。

    入院、手術に保証人が要るのは知りませんでした。
    ずいぶん昔になりますが、子どもが手術するときに
    同意書は書きましたが、保証人は要りませんでした。
    いまは厳しくなっているんですね。

    死後のこともですけど、そこに至るまでの現実的な問題
    (社会的な手続きやお金のことなど)に対する不安も
    たしかに大きいですね。他人事とは思えません(^^;
    [ 2011/01/16 16:06 ] [ 編集 ]

    植えつけられた「死生観」が支配しているのでしょうね。
    でも、「死」そのものより現実の世界が恐い。

    羊は、子なし、甥姪なしなので、「死」の後始末については恐怖感があります。

    現実的な手続で、手術・入院・施設入所にあたり保証人がいないのです。

    連れ合いが昨年目の手術をするにあたり、妻は保証人になれないのでびっくりでした。収入がある配偶者を認めないのです。

    昨年は子供がいない叔父が亡くなり、叔母が一苦労していましたしね。
    [ 2011/01/16 12:53 ] [ 編集 ]

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