講演会やセミナーの類いが好きな人がいる。
向上心があり、勉強熱心な人が多いようだ。
白猫にもかつてそんな時代があった。
スピ系の話を聞くのが好きで、毎月のようにでかけていた。
講師の目覚めの体験談はおもしろく、自分もいつかはと期待はふくらんだが、
いくら話を聞いても、本を読んでも、悟ったようなつもりになるだけで、
結局はなにも変らず、しだいに熱が冷めてきた。
人の体験は、どんなにすばらしくても絵に描いた餅だと悟った。
食べられないごちそうを見て、おなかをすかせているより、
自分でつくったおにぎりを食べるほうがいい。
いまはネットで、いろんな人の話が聞けるので、
よほどの関心がない限り、お金を払ってまで、
人の話を聞きたいと思わなくなった。
「タダの情報には価値がない」と、以前、スピ系の講師が言っていたが、
そうだろうか。情報に値段をつけること自体がおかしいと思う。
そう思わせないとセミナーで稼げないからではないのか。
前にも書いたが、20年ほど前にTM瞑想というのを習ったことがある。
ビートルズもやっていたというので日本でも一時流行った瞑想法だが、
マントラを伝授してもらうだけで6万円かかった。
いまはもっと高くなっているそうだ。
瞑想法自体はいいものだと思ったが、少なくとも自分には6万円の価値はなかった。
秘密のマントラを授けてもらい、「自分は特別」と思いたいエゴが肥大しただけだ。
TMに限らず、スピ系セミナーの受講料は高額なものが多く、初級、中級、上級など、
各種コースが設定されていて、際限なくお金がかかる仕組みになっている。
そんなもので商売すること自体がスピリチュアルではないと、いまなら思う。
愛や平和を謳うなら、人々の幸せを本気で願うのなら、
瞑想法でもなんでも無料で公開すればいいではないか。
ネットが普及しているいまならそれができるのだから。
情報は買えたとしても、悟りはお金では買えない。
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とおこさん こんばんは^^
お金お金のスピリチュアルに疑問を感じ始め、思っていたことを書いてみました。
Kayさんのブログを読んで、同じことを感じてる人もいるんだなあと思いました。
>本物があるとすれば、そこにお金は要らない
同感です。
わたしもそう思います。
高いお金をかけて、どんなに追求しても
頭の中でわかった気になっても、
自分の体験にはなりませんでた。
お金も高すぎます。商売にしてるだけで
核心にいたることはないと思います。
本物があるとすれば、そこにお金は要らないのだと思います。
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