自然死という選択

「死」について考えてみました。


身内を含め、これまで少なからぬ人の死に際を見てきました。
場所は病院です。昔は、年をとって病気になっても在宅で療養し、
そのまま家で亡くなるのが普通でしたが、昨日の朝日新聞によると
いまは8割が病院で亡くなるそうです。
病院死について感じたことを書いてみます。


白猫は娘の付き添いで、大学病院の脳外科病棟に3年近くいました。
大人の患者も子どもの患者もいましたが、病院で迎える死は悲惨なものでした。
詳しくは書きませんが、あのとき、もし入院していなかったら、
手術をしていなかったら、娘はまだ生きていたんじゃないかと思うことがあり、
医師だけでなく医療そのものに対して、いまだに不信感をぬぐいきれずにいます。


お年寄りのなかにも、病院に入ったとたんに顔から表情がなくなったり、
からだは点滴で水膨れのようになり、チューブで無理やり栄養を入れられ、
酸素吸入をされ口もきけないまま亡くなっていくかたが多いです。


回復の見込みがあるならまだしも、死期の近づいたお年寄りには、
上記のような医療的措置はかえって苦痛を長引かせ、
安らかな死の妨げになるとさえ思っています。


自然界の動物は口から食べられなくなった時が寿命ですが、
人間は医療のおかげで長生きができるようになりました。
かわりに、易々と死ねなくなったのは皮肉なことです。


死期が近づいたとき、痛まず穏やかに死を迎える術はないのでしょうか。
点滴も酸素吸入もしない自然死を数百例見てきた医師が書いた本に、
次のようなことが書かれていました。




中村仁一




「死」という自然の営みは、本来、穏やかで安らかだったはずです。
それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、
より非人間的なものに変貌させてしまったのです。



著者は京都の高雄病院の院長を経たあと、現在は老人ホームの診療所の医師をされているそうです。
ご自身の体験から高齢者のがんは、なにもしない方が痛みもなく安らかに死ねると言われています。
老衰死の場合は、水分を摂らなくなって7日から10日くらいで眠ったように亡くなるそうです。
点滴も酸素吸入もしません。


呼吸状態が悪くなると酸素不足になりますが、結果として血中に炭酸ガスが増えることにより、
脳内からモルヒネ様物質が放出され、うっとりするようないい気持ちになるそうで、
患者の見た目はどうあれ、本人はとても気持ちのいい状態なんだそうです。
同じことが前に紹介した『死の瞬間』という本にも書いてありました。


これを読んで、死ぬのが前よりは怖くなくなりました。
白猫の母は入院せずに亡くなりましたが、私も母のようにそのときがきたら、
なるたけ医療の介入を受けず、自然に旅立てたらと思っています。
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[ 2012/02/15 06:45 ] 読書 | CM(4)
  • EDIT 


  • 荻野さん、こんにちは。

    人工呼吸器を付けても、回復して自発呼吸が戻れば外せますが、
    意識がないような患者さんでは、亡くなるまで付けたままになります。
    安楽死が認められていない日本では、しかたがないことなんでしょうけど、
    長期になるほど、精神的にも経済的にもその負担は計り知れません。

    木の葉のイメージ瞑想、教えていただきありがとうございます。
    寝る前にやってみます^^
    [ 2012/02/21 08:42 ] [ 編集 ]

    私も賛成です。

     お邪魔します。

     はい、私も自然死に賛成です。と言うか、多くの人が賛成だろうと思います。

     つい最近知ったのですが、日本の法律では、一旦人工呼吸器を付けますと、亡くなるまで外せないそうですね。ですから植物状態になっても、生かし続ける、費用はどんどんかさむ、ということになるとか。おまけに付ける付けないを家族が判断することも多くて、すごく心理的に負担になるようです。何か変ですね。

     それから、話題はかわります。「もう瞑想はうんざりだ」または「もう知ってる」とおっしゃるかもしれませんが、NHK「ためしてガッテン」で紹介された瞑想法です。
     http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20120111.html
     私はちょっとやってみます。スピリチュアルには近づかない、と書きましたが、これならスピリチュアルではないようですから。

     それでは。

    [ 2012/02/20 10:31 ] [ 編集 ]

    meさん こんにちは。

    高齢者の場合は、自分の体のことでも、おまかせ意識が強いので、
    本人より家族の意向で治療方針が決まることも多いようです。
    現実問題として自然死はむずかしいかもしれませんね。

    わたしも眠ったまま逝けたらいいなと思いますが、
    こればっかりは天におまかせするしかありません。

    塵にかえる。土にかえる
    人も動物も草木もみんな

    わたしは猫星にかえります^^
    [ 2012/02/15 15:19 ] [ 編集 ]

    こんにちは。

    選択については、当事者や家族の選択、時と場合もいろいろとあるのでしょうが、私も、できるだけ自然な形で死にたいと思います。身体の意思に反して無理矢理動かしても、それを見る方が辛いような気がして、ある朝、そのまま、知らないうちに、というのが理想だと話していました。 あなたは塵だから塵にかえる、という言葉が私にとっては一番しっくりきます。 そうやって土になってまた巡りのなかにあるのかな、と。
    神様は、避けて通れぬことや危機を越えるために、神経伝達物質を供えたという言葉は耳にしたことがあります。
    [ 2012/02/15 09:41 ] [ 編集 ]

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