人生"哀"感

長いあいだ生きてきましたが、これまで「生きててよかった」とか、
「生きるよろこび」などと言う感情を味わったことがありません。


遠足に行く前にうれしくてワクワクしたという経験もないです。
学校そのものが自分にとっては楽しいところじゃなかったので、
学校時代の楽しい思い出もほとんどありません。


運動会やお祭りなどで、みんなが楽しそうにしてるのを見ても、
感情移入できず遠くから眺めているような醒めたこどもでした。
大人になったいまでも「楽しい」という感じがよくわかりません。


世の中には「生きているのはすばらしい」と言う人もいますが、
白猫は「生きているのはかなしい」と感じています。
人生観ではなく、人生感です。


そう感じるようになった原因は、こども時代にあるのだと思います。
こども心に「かなしみ」という色がついてしまったのでしょう。


と言っても、特別、不遇な境遇で育ったわけではありません。
家は貧しくみすぼらしかったけれど、両親には可愛がられたし、
給食代も払えないと言うほど貧しかったわけでもないからです。


ただ母親も働いていたので、こども心に寂しかったというのはあります。
当時はまだ共働きの家は少なく、お母さんが家にいる友だちがうらやましかったものです。


そう言えば、家族で旅行したという経験もありません。
親が楽しんでるのを見たことがなく、母からは事あるごとに苦労話を聞かされたので、
「人生はつらくてかなしい」と、こども心に思い込んでしまったようです。


かなしみもよろこびもない。そう思う自分の心があるだけ。


原因がわかったら、色を修正してやればいいようなもんですが、
心にしみついた色を抜くのは、なかなかむつかしいですね。


これも個性のうちと思って、あるがままに生きていこうと思います。
関連記事
[ 2013/03/18 05:28 ] つれづれ | CM(0)
  • EDIT 


  • コメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://shironekoan.blog92.fc2.com/tb.php/3096-28619066