銭湯で悟りを開く

嵯峨野の天山の湯に行った。温泉の露天風呂があるスーパー銭湯である。
毎年今頃になると新聞にクーポン券付きのチラシが入るので利用している。
たまにバラ風呂などのイベントがある。この日は竹に入ったキャンドルが飾られていた。


一時間ばかり出たり入ったりして楽しんだあと、脱衣場のベンチでくつろいでいると、
ロッカーの前で二人のお年寄りがやりとりしているのが聞こえた。なにやら不穏な雰囲気だ。
話を聞いていた若いほうの人が、話をしているお年寄りにいきなり説教をしはじめた。


「そんな過去の話せんといて。いまはいまのことだけ考えたらええんや。
 楽しみに来てるんやから、わざわざ昔のことなんか思い出したないわ」


「いまはいまのことだけ」と聞いて、「ええこと言うな」と感心していたら、
なにを思ったか言葉の主が「なあ」と、いきなりこちらに話を振ってきた。


過去の話の中身は聞いてなかったので、なんとこたえたものか戸惑ったが、
「いまはいまのことだけ」には、「わたしもそう思います」とうなずいた。


すると、言われたほうのお年寄りが神妙な口調になり、
「あんた、がっこのせんせみたいやな。せんせに怒られてるみたいや。いらんこと言うたな」
と、ちょっと皮肉まじりにあやまりはじめた。


またまた不穏な空気が漂うなか、若いほうはあやまる相手を尻目にさっさと去って行った。
残された白猫を相手に愚痴るおばあさんを「まあまあ」となだめながら、
「あのかたとはお知り合いですか」とたずねたら初対面だと言う。


初対面なのにいきなり個人的な話をされたら、迷惑に思う人もいるだろうなあと思いつつ、
「話した相手がわるかったですね。まあ、そんなに気にされずにいろんな人がいますから」
などと、なぐさめて、話が長くなりそうなので、そろそろとその場を離れた。


思うに、大方のお年寄りは自分の過去を物語るのが好きだ。
人生で一番輝いていたときのことや苦労話をするときのお年寄りの目は輝いている。
自分と自分の生きた人生を確かなものにするように同じ話を何度も何度も繰り返す。


なにも悪いことではない。人間とはそういうものだ。
と思っているので、人様の話は「うん、うん」と拝聴しているが、
自分の場合は、過去をあえて物語ろうとは思わなくなった。


過去の重荷をおろすと心が軽くなる。
「いまはいまのことだけ」
言い得て妙である。
関連記事
[ 2013/12/08 19:09 ] 日記 | CM(3)
  • EDIT 


  • オリーブさん

    天山の湯いいですよ。車折神社の近くです。
    ご姉妹でどうぞ^^


    sunanekoさん

    昔話が迷惑とは思いませんが、お年寄りは同じ話ばかりされることと、
    話し出すと長いので聞いてるのがしんどいなあと思うこともあります。
    かくいう白猫も家人に「その話何回も聞いた」とよく言われます(^^;
    [ 2013/12/08 21:35 ] [ 編集 ]

    嵯峨野の天山の湯

    露天風呂があるのですか?
    行ってみまヒョ!!
    衣笠の湯にも・・・行きたいです!
    [ 2013/12/08 19:47 ] [ 編集 ]

    しろねこさんの今日の話を拝見して、ハッと思い当たりました。

    そういえば最近、若い人の前で「昔は・・・」という話ばっかりしていることに。
    別に説教めいて言っているつもりはなかったけど、聞いている方にとっては迷惑なんでしょうね。
    明日からは、気をつけたいと思います。
    [ 2013/12/08 19:41 ] [ 編集 ]

    コメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://shironekoan.blog92.fc2.com/tb.php/3312-cde5768a