探求の旅の終わりに

いままでたくさん精神世界の本を読み、いろんな教えを学んできたつもりですが、
探求の終わりには、すべての教えやメソッドを捨てる段階がやってくるようです。
どんなすばらしい教えも言葉であらわされた瞬間に思考になってしまうからです。
悟りも目覚めも思考、この"私"すらも思考だったとは!!
思考の森をさまよう探求の旅は終わりました。
旅の最後に出会った一冊です。



それ




  <在る>

  それだけが答えだ。

  それだけが知ることだ。

  もはやあなたには何も得るべきものも、

  知るべきものも、

  また失うものさえもない。

  ただ在りなさい。

  これまでの重荷を全て手放しなさい。

  あなたが抱えているから、あなたが抱えているだけなのだ。

  一切全てを、

  <愛>という赦しで手放しなさい。

  <在る>ことが<赦し>だ。

  ただ安らぎなさい。

  存在は、

  愛は、

  真理は、

  どこへも行かない。

  あなたが<それ>だ。

  <それ>であることを自己認識するために、

  あなたではないものを全て放棄しなさい。






  超えていきなさい。

  超えていくのだ。

  <私>という想念を超えていきなさい。

  <私>という意識を超えていきなさい。

  そして<心>さえも超えていきなさい

  <心>が消え去る時、物語は終わり、高次の存在や、作者もまた消滅する。

  あなたは真実の自己に戻るのだ。

  あなたは自由となるのだ。

  全ての全てとなるのだ。

  だから一切全てを、超えて、超えて、さらに超えていきなさい。






ガテーガテー・パーラガテー・パーラサンガテー・ボーディスヴァーハー
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[ 2013/12/26 17:35 ] satorix | CM(2)
  • EDIT 


  • sunanekoさんも長い間、幸せ探しの旅をされてきたのですね。
    私も昔は「ありがとう」や「幸せが雪崩のごとくやってくる」なんて
    やってましたね。効果なかったですけど。笑

    人生を体験している自我が、いま見てる夢が気に入らないので、
    いい夢を見るための魔法探しをしていたようです。
    物質世界で何かを追い求めるのとおなじでした。

    幸せ探し、くるりと回ってじぶんに帰る。

    外側のものに依存しない揺るぎない幸せは、自己の内にある。
    本当は幸せも不幸もなく、ないとも言えず、あるとも言えず、
    内にもあり外にもあり、どこにもなく、どこにもある。
    すべてのすべて。

    それが"在る"

    そして、この言葉すらも消えたとき、最後に残るものが"  "です。


    satorixは、自分が自分に向けて書いた旅の記録のようなものですが、
    読んでくださったかたの気づきのお役に立てたとしたら、
    こんなうれしいことはありません。

    こちらこそ、どうもありがとうございます^^
    [ 2013/12/27 12:48 ] [ 編集 ]

    おはようございます。
    私の「幸せ探しの旅」は、ある意味、白猫さんのブログに出会って終息しました。
    何冊もの自己啓発の本を読みあさり、「幸せになるための呪文」をどれだけ唱えたでしょうか(笑)
    でも、ちっとも幸せになった実感がない、まだまだ修行が足りないのだと自分を責める毎日でした。

    「幸も不幸もない。そう思う心があるだけ」という言葉に出会った時、今までの私の努力は何も意味がなかったのかと軽いショックを受けました。

    でも、今はその言葉の意味が少しずつわかってきたような気がします。
    まだまだ修行不足とはいえ、以前のように「思考」に心が乱されることが少なくなりました。

    ありがとうございます^^
    [ 2013/12/27 06:10 ] [ 編集 ]

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