精神世界を卒業するための最後の質問

探求の旅に決着がついたので、精神世界の本を読むことはなくなりましたが、
以前、紹介したムージの動画はときどき見ています。
下の動画は最近見たものですが、心に響く内容だったので貼っておきます。
ここで女性がしている質問は、自己探求において究極の質問だと思われます。
何度か聞いてると悟ったような気分になれました。


実際には悟ってないので、笑、いいかげんなものですが、
真我について勘違いしていたことがあったので、
ここでちょっと書き改めておこうと思います。


以前は思考などを観察している者=観察者が真我かと思っていましたが、
観察者というのもじつは思考で、動画のなかで語られている
すべてを知覚している者=知覚者が真我のような気がします。
下のブログ「真我が目覚めるとき」に詳しく書かれています。



   『見る者と見られるものの関係から「わたしは誰か」を考察してみる』



真我も単なる言葉にすぎませんが、"それ"は大海のようなもの、すなわち大いなる意識で、
"わたし"という個人的な感覚は、個々の波のようなものかなと想像しています。


ムージは動画のなかで、「それは、あまりにも大きすぎるので、それに、あなたという個人を与えました。
なぜなら、その個人でさえ、同様に、その中に現われるからです。」と言っています。









     それは、知覚者(perceiver)のように感じられます
     それは、他のものと同じように現象なのでしょうか?
     それは、知覚されることができるのでしょうか?


     そして、もし、それが知覚されることができるのなら
     何によって、それは知覚されるのでしょうか?
     あなた自身の内側に、
     この質問を迎え入れるために、
     少しスペースを与えてください
     本当に質問に入っていってください
     「誰がこのすべてを知覚しているのでしょうか?」


     この種類の質問は、単に知的な答えでは満足することはできません
     それは、あなたを自己洞察へと、
     連れていくにちがいありません
     自己洞察は知識ではありません
     自己洞察とは、内側を見て、
     あなた自身のビーイングだけを見つけることです




上記の質問の答えが知識に依らず、直接体験としてわかったら、
スピリチュアルも精神世界も卒業ですね。
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[ 2014/02/06 19:02 ] satorix | CM(0)
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