仲良し家族が苦手な訳

仕事柄、ヨソ様の家族の話を聞く機会が多いのだけれど、じつはこの家族話というのが少々苦手である。
とりわけ苦手感が強いのは家族(息子、娘、孫)の自慢話である。5回くらいまでは笑って聞いていられるが、毎回毎回、同じ話をされると嫌いなまんじゅうを無理やりすすめられたような気持ちになる。
この傾向はえてして女性に多い。


仲のよい家族も苦手だ。たまに訪問先で利用者さんのご家族にばったり出くわすことがあるが、
娘、息子夫婦に孫さんが揃っていたりするともういけない。顔は笑っているが内心は落ち着かず、
白鳥の群れに紛れ込んだ醜いアヒルの子のような気分になり、トイレにこもって掃除をしながら、
「はやく帰ってくれんかなぁ」などと思ったりしている。笑 なぜか。


分析すると、どうも自分のなかには、仲のよい家族に対して僻み根性のようなものがあるようだ。
親、きょうだいは死んでもういないけれど、和気藹々とした家族だんらんの思い出はない。


未亡人だった白猫の母親が縁あって後妻に入った家は少々複雑で、じいちゃん、ばあちゃんの他にも、
夫の前妻の息子(白猫の腹違いの兄)がいた。夫の弟も同居していて姑と二人していじめられたそうだ。
嫁いだあと母は働いていたので、まだ幼かった白猫は昼間は、ばあちゃんといっしょに過ごしていた。
母が帰ってきて見ると、白猫のからだに指でつねられた跡があったとも聞いた。


血縁が寄り集まった家族のなかで、他所から嫁いできた母は一人、孤立感を深めたことだろう。
夫婦仲は悪くはなかったが、継子である兄とも同居の義弟ともうまくいかなかったようだ。
つらくて実家に帰ったことも何度かあったと言う。その度に父が迎えに来たそうだ。


白猫が生まれたときも出生届けを出さずに放置していたと言う。「小学校に行かれん!」と
母方のじいちゃんが怒って届けを出すよう催促しに行ったと言う話を聞いた。


頼りとすべき父は親族の言いなりで、子どもにはやさしかったが、母にはよく怒っていた。
一度だけ父が母を皮のベルトで叩くのを見たことがある。見たのは一度きりだったが、
子ども心に見てはいけないものを見たような重苦しい気持ちになった。


長くなるので書かないが、ほかにもお金の苦労、介護、看病の苦労など、母は随分苦労したようだ。
それもこれもすべて家族がらみの苦労である。苦労も過ぎると性格はもとより顔まで変わる。
写真にうつった母の顔は、笑顔を除いて、口元がいつもへの字に曲がっていた。


家を出てからも母の話は、昔の苦労話や愚痴、人の悪口が多く、聞く方もうんざりすることがよくあった。
そんな具合で電話しても話が続かず、母の方から「もう切らよ」と言って途中で電話を切ってしまうのだ。


会う回数も段々と減り、仲が悪かったわけではないが、あまり良好な親子関係だったとは言えない。
思ったより早く、しかも突然に亡くなったので、もっと顔を見に行っておけばよかったと悔やまれた。


家族がいるというのはいいものだが、いったん関係がこじれると他人より始末が悪い。
そう思うのは私がひねくれているせいか。下重暁子さんの『家族という病』を読んで、
そうじゃなかったとわかって安心した。下は裏表紙の紹介文と目次。


日本人の多くが「一家団欒」という言葉にあこがれ、そうあらねばならないという呪縛にとらわれている。
しかし、そもそも「家族」とは、それほどすばらしいものなのか。
実際には、家族がらみの事件やトラブルを挙げればキリがない。
それなのになぜ、日本で「家族」は美化されるのか。
一方で、「家族」という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。
そんな人達を著者は「家族のことしか話題がない人はつまらない」
「家族写真の入りの年賀状は幸せの押し売り」と一刀両断。
家族の実態をえぐりつつ、「家族とは何か」を提起する一冊。




P6069898.jpg


見出しを見ると幾分過激だが、この本いまバカ売れしているそうだ。
それだけ家族のことで悩んでいる人が多いと言うことかもしれない。
家族とはなんなのか。考えてもわからないことを考えるこの頃である。
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[ 2015/06/06 16:34 ] つれづれ | CM(6)
  • EDIT 


  • 同類の荻野様^^

    私も上記のように他人の家族の話にあまり興味がありません。
    たまたまネタにしましたが、自分や自分の家族の物語もじつはあまり興味がありません。物語より、それが映し出されているスクリーン(意識)の方に興味があるからです。こんな話は一般受けしないので誰も見にきません。その分、写真で集客してます。笑
    「不仲もまたよし」同感しました。

    ウチの近所はローソンは少ないですが、セブンイレブンがそこらじゅうにできてます。最近よくコンビニの100円コーヒーでくつろいでます。
    [ 2015/06/09 20:41 ] [ 編集 ]

    ちょっと同類ですかね

     ご無沙汰です。
     
     こちらにもいばらの道を歩いた人がいらしたんですね。
     私も少しだけ似たようなものかも・・・。
     友人が家族ネタを中心にブログを書いていて、大人気なのですが、どうも私は余り興味をもてないんですね。私が家族ネタで書いても、自分の冷血ぶりや懺悔みたいなことしか書けそうもなく・・・。
     両親とはうまくいきませんでした。父は論外ですが、母はいい人でしたのに、どうも近くにいたくはありませんでした。私、ずいぶん性格が悪かったこともありましたし。
     親子兄弟、仲がいいのが一番に決まっていますが、色々な事情でそうなれない人も多く、そうでない人は無理にそうなろうとする必要はないと思っています。
     関連したことをずいぶん前に書いていました。下重暁子さんには遠く及びませんが、お暇でしたらどうぞ。「不仲もまたよし」
    http://blog.livedoor.jp/kokoro_no_fukei/archives/50931024.html

     全然話は違いますが、先日京都への修学旅行から帰って来た中学生が、ローソンなどの全国展開のお店が京都仕様になっていたことに感じ入っていました。さすが京都・・・。

     それではまた。
    [ 2015/06/09 14:55 ] [ 編集 ]

    96歳あっぱれです

    最期まで暴言吐きまくり、、、サイコーです(^◇^)

    お医者さまが言われたように、心臓の強いかたはなかなか死ねないようです。訪問先に95歳のかたがいますが、心臓も他の内臓も丈夫なのでそこそこ、お元気ですが、生きてるのが毎日ほんとにつらそうです。

    母は心疾患で亡くなりましたが、私も心臓があまり強くないので、
    それほど長生きしないんじゃないかと思ってます。
    [ 2015/06/07 07:19 ] [ 編集 ]

    同じです^ ^
    舅は仏のような人だったらしいです。
    でも、脳溢血では早死にしたので、私の記憶にありません。

    一方、祖母は死ぬまで頭がしっかりしており、足が弱って
    床についたのですが、医者に「心臓が強いんで、死ねない」
    といわれながら、96歳で老衰で亡くなりました。
    最期まで弱気にならず、暴言吐きまくりで逝きました。
    ある意味、あっぱれです。(笑)
    [ 2015/06/07 05:46 ] [ 編集 ]

    おとしよりも

    いろいろですね。
    こんなふうにトシをとりたいと思うようなかたもいますし、
    こうはなりたくない、笑、というタイプのかたもいます。
    小さかったのでつねられた祖母のことは覚えてませんが、
    舅であるじいちゃんは母にやさしかったそうです。

    一人暮らしは自由でいいです。結婚相手は猫がいいです。笑
    [ 2015/06/06 21:16 ] [ 編集 ]

    なんか、わかる気がします。
    うちの父母も年をとったので、なんとか二人で助け合って暮らしていますが、若い頃はけんかしてばかりだったし、その元凶が姑でした。
    ものすごくきつい人で、私もつねられて青あざができたりしたし、そのおかげで、今でも年寄りに対するイメージはよくありません。
    自分も息子を一人さずかりましたが、いろいろあって今は一人で
    暮らしています。
    幸せそうな家族が苦手というより、こうあるべきという家族の価値感を押し付けられるのが苦手です。
    [ 2015/06/06 20:20 ] [ 編集 ]

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