余命の使いかた

御室八十八ヶ所で先日、がんで余命を告げられたと言う初老の男性に出会った。
見た目はお元気そうで、とてもそんな重病人には見えなかった。
日常会話のように淡々と病状を話されるようすに深刻さはなく、
聞いてるこちらのほうが「深刻な顔して」と笑われてしまった(^^;


愛宕山にもよく登られているそうだ。健康な人でもけっこうきつい山だ。
「息がしんどくないですか」とたずねると、「鍛練ですな」とこたえられた。
病は気からと言うが、男性の精神力の強さに驚かされた。


ちなみに余命を告げられてから一年たつそうだ。抗がん剤治療はされていないと聞いた。
生きる力を得るべく、近藤誠先生をはじめ、たくさんの本を読まれたそうだが、
近藤理論については、すべてが正しいとは思っていないともおっしゃっていた。


余命という言葉は重い。がしかし、
病気のあるなしに関わらず、誰にでも寿命と言う余命がある。
当然、トシをとるほど余命は短くなる。


自分の余命はあとどのくらいだろう。最近そんなことをよく考える。
残された人生、なにをして生きていったらいいのかわからない。
これと言ってやりたいことも生きがいもない。


折しも朝刊で、ふと目について心から離れないことばがあった。


「明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」




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本のタイトルだった。すぐに書店で購入した。
タイトルどおり、渇いた心に水がしみこむような本だった。
著者は"がん哲学外来"で、がん患者や家族の話を聴く活動をされている病理学者だそうだ。
薬もメスも使わず、言葉の処方せんだけで、闇(病み)に閉ざされた心に光をとりもどす。


生きる希望をなくした患者さんには、



「あなたの居場所はどこですか」


「あなたは何のために存在するのですか」


「どうすれば残された人生を充実させられると思いますか」



など、「自分」という存在の根本(土台)を見つめ直す質問をするそうだ。
まさしく、いまの自分に向けられた質問のようでドキリとした。


人は誰でもこの世でやるべき役割や使命があると著者は言う。
それらは自分のことばかりを考えているうちは見つからず、
自分以外のものに関心を持つと見えてくる。本の帯には、


「命より大切なものはない」とは考えないほうがいい。
命が尊いことは確かですが、命が一番大切と考えてしまうと、死はネガティブなものとなり、
あるときを境に死におびえて生きることになります。
命より大切なものを見つけるために、自分以外のもの、外に関心を向けてください。
そうすれば、あなたに与えられた人生の役割や使命が見えてくるのです。


とあった。


命より大切なもの。インパクトのある言葉だ。


いままでどんな生きかたをしてきたかはどうでもいい。
人生最後の5年間、自分の役割をまっとうして死ぬ。
それが残された者たちへの「よき贈り物」になる。



自分の役割ってなんだろう。言葉を使って"なにか"を伝える。
"なにか"とは、誰にとっても本質的なこと、本当に大切なこと、
伝わると元気になるような、そんな目に見えないもののこと。


ブログもそういう動機で始めたが、独りよがりで結局なにも伝わってないような気がして、
書く情熱が失せてしまった。非二元だとか悟りとか、現実離れしたことを探求するより、
地に足を着けてふつうに生きるほうがよほどえらいことやと思うようになった。がしかし、
このふつうに生きるというのがむずかしい。人間界いろいろ煩わしいことが多過ぎて。


本をめくると、次のような言葉があった。


本当に大事なことは少ないよ。私たちを煩わせることのほとんどがどうでもいいこと。
だからたいていのことは「ほっとけ」で大丈夫です。
なんでもかんでも深刻に考えることはありません。
もっと楽に生きていいんです。



ほっ(^^;


とりあえず、深刻に考えるのはやめて今日の花に水をあげよう。
あの男性に、こんどまた会えたら、この本を贈ろうと思った。
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[ 2015/08/26 19:10 ] 読書 | CM(5)
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  • リンクしました

    ご許可くださり、ありがとうございました。
    以下のところからリンクいたしました。
    よろしかったら、ご確認ください。

    http://group.ameba.jp/thread/detail/KarNV_X8D-UW/937aff83-b115-4c5b-8adc-296e54b8dc24/

    激励のお言葉、誠にありがとうございます。
    すぐには答えは見つからないかもしれませんけど、
    悔いの残らぬように前向きに日々を過ごしたいと思っています。
    それではまた。
    [ 2015/08/30 10:53 ] [ 編集 ]

    荻野さんの使命は

    その、ずっと続けておられることかもしれませんね。
    無用の用という言葉がありますが、私の使命は
    役に立たない役です。猫なので(^^ゞ笑

    荻野さんの『心の風景』を読まれて心が元気になるかたがきっと
    いらっしゃると思いますよ。これからも書き続けてください。
    リンクはご自由に。ありがとうございますm(_ _)m
    [ 2015/08/29 22:58 ] [ 編集 ]

    身につまされますな・・・

     お邪魔します。

     私も「余命」の使い方についてはちょっと悩んでいます。一応、続けていることはあるものの、たいして成果が上がっていないのです。少なくともそう見えます。誰の役にも立っていないのに、「やることをやっていて使命?を果たしているんだから、それでいいじゃないか」と大きな顔をするわけにはいかないのでは、と疑問が生じています。もっと直接人の役に立つこともやるべきでは、と思っているところです。

     さてご紹介の本、私は読んだことがありませんが、ご文章から思うに、よさそうな本ですね。そこで、本についてのご文章を、こちらからリンクしてもよろしいでしょうか。以前ネコの写真を載せたところが、「心を大切に」という一種の集いになっています。そこにある「お勧めの本」という掲示板からリンク致したいと思うのですが、よろしいでしょうか。お手数で恐縮ですが、ご検討くださると嬉しいです。

    [ 2015/08/29 21:41 ] [ 編集 ]

    先日、大原でお会いした野菜直売所の女性が話されてました。
    障害のある子どもさんの世話をしながら、ご主人のご両親の介護をして看取った。これからは自分のやりたいことをやろうと思った矢先に、ご主人から亡くなったご両親の家で直売所をしたいと言われ、迷ったがやることになった。やれやれ、みたいな感じで笑っておられました。

    世の中にはなぜか人様のお世話ばかりするはめになる役回りのかたがおられますね。理不尽だなあと思いますが、女性の笑顔は心底明るかったです。店は週末だけなので、あいた時間でやりたいこともなさったらいいのになと思いました。

    sunanekoさんも生きがいになる大切なものが見つかるといいですね。
    白猫もわんにゃん家族も応援しています^^
    [ 2015/08/27 09:24 ] [ 編集 ]

    おはようございます。
    今日のブログの内容、今まさに私の考えていることとおなじです。
    介護のために、叔父叔母父母のために仕事をやめたと表向きには
    言っていても、心の中で「なんでやめるのが私だったんだ」とか、
    「自分ばかり損だ」という思いがあることは確かで、それが苦しいのです。そのため、今自分の存在意義がないのです。
    スピリチュアルや禅も一時的な痛みにはきくけど、根本解決にはならないと思っていました。自分以外に目が向けられれば、目的もみつかるかもしれません。
    この本、読んでみたいと思います。ありがとうございます。
    [ 2015/08/27 06:45 ] [ 編集 ]

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